今田耕司と東野幸治に見る、正体のつかめなさと“わからなさ”の魅力
#テレビ日記
テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(3月13~19日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。
今田耕司「終わったときは『ヤバ…』と思いましたけどね」
コミュニケーションがややこしいのは、それが単なる情報のやり取りではないからだ。そこには相手や自分の意図が絡んでくる。
たとえば、佐藤さんが田中さんを褒めた場合。田中さんは「どうして佐藤さんは私を褒めたのだろう」と勘ぐるかもしれない。そうなると、「佐藤さんが私(=田中)を褒めた」という情報が変質する。佐藤さんの意図をどう理解するかによって、「佐藤さんが私(=田中)を褒めた」の意味が変わってくる。
これだけでは終わらない。佐藤さんのほうも、田中さんに変に勘ぐられないように、過剰な褒めかたにならないように配慮するかもしれない。そんな配慮がなかったとしても、田中さんは配慮を疑ってしまうかもしれない。そこからさらに田中さんは、変に勘ぐっていると田中さんに受けとられないように、褒められたことへの感謝の気持ちをできるだけ自然に返そうとするかもしれない。
こうやって、ただの情報のやりとりではないコミュニケーションは、意図の読みあい/伝えあいがはじまってややこしくなる。相手の“人となり”がわかっていれば、そういった勘ぐりあいはだいぶ減る。ただ、完全になくすのは難しい。あまり知らない相手の場合や、相手が目のまえにいない場合はなおさらだ。「この人はどういう意図で?」という勘ぐりが、時に延々と続いたりする。
そういう意味では、テレビのなかで芸能人が話していることの意図は、なかなか定まらない。こちら側からコミュニケーションを返すことも難しいので、意図を確認し、すり合わせる作業も不可能だ。たとえ当人のインタビューを見聞きしたとしても、その発言の意図がどこまで“本心”なのかはわからない。当人だけでなく、番組の演出や事務所のマネジメントなど第三者の意図も絡んでくる。
ある意味で、テレビのなかの芸能人は得体のしれない人といえるかもしれない。そんな不安定な状態を仮留めするために、「この人はこんな人だ」とおおまかに枠づける“キャラ”があったりもするのだろう。
先週、興味深い2人のインタビューが放送された。その2人とは今田耕司と東野幸治。“Wコウジ”としてくくられることも多い彼らだが、どちらかというとテレビではMCとして人から話を引きだす立場にあることが多い。そんな2人が、インタビューに答えていた。
まず、今田が出演していた13日の『日曜日の初耳学』(TBS系)。インタビューの内容は、ダウンタウンと一緒に関西で頭角を現した若手時代から、吉本新喜劇で活動していた時期のこと、テレビ司会者としてのスタンスなど話の内容は多岐にわたった。たとえば、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)の放送が突然終了したときの話。今田はこのとき、危機感を覚えたという。
「ダウンタウンさんが求められてるもんやっていうのは、常にありました。絶対勘違いするなっていうのは、自分には言い聞かせてましたね。この番組が続いてるから仕事あるだけで、この番組がもし終わったら、新喜劇にもたぶん戻れない。だから、終わったときは『ヤバ…』と思いましたけどね」
ただ、インタビューのVTRをスタジオで見ていた千原ジュニアは、この発言をストレートには受けとらない。30年ほど前に行われた松本人志のライブ。そのライブに出演していた今田や板尾創路と公演後の夜に食事をしたというジュニアは、そこで今田が発した言葉をふりかえる。
「僕と板尾さんと今田さんとご飯食べたときに、『いやぁ、板尾さんどうですか、今回のライブ』みたいな話がはじまって。えらい話がはじまったなと思ったら、『どんだけやったって、ポイントは僕らに入りませんもんね。全部松本さんのもんですもんね、ポイントは』って(今田さんが)言いはったときに、俺は『ごっつ』のメンバーって一枚岩でって思ってたけど、個人商店の集まりなんだなっていうのを感じたのを覚えてますね。今田さんは『ごっつ』終わったときに『どうしようと思った』って、それは言いはるでしょうけど、どっかで『よっしゃ』って思った部分はあったと思います」
そしてジュニアは今田をこう評した。
「今田耕司は家を出るまえに、誰もはがすことのできない仮面をつける。どんだけ遅くなろうが、それこそ2次会の司会やって、ワーッってなって、熱いシャワーだけがこの仮面をはがすんです。誰ひとり、本当の今田耕司の素顔をみたことがない」
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