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「クリティカル・クリティーク」VOL.1

人間の煩悩をくすぐる営み――妖艶金魚が描くフィクションとリアル

人間の煩悩をくすぐる営み――妖艶金魚が描くフィクションとリアルの画像1
妖艶金魚 『FRIDAY OF NIPPON』

 「クリティカル・クリティーク」と題された本コラムは、 “いま”の女性のラップ作品について綴られる連載として、新たな命を吹き込まれようとしている。たったいまも変容し続けている最中であり、音声によってリズムを紡いでいく手段として定義を拡大させている“ラップ”をテーマにしたそれは、鮮烈なポップミュージックとともにあなたのもとに届けられる。同時に、現代におけるラップは、単なる手段で終わることを許さず目的的に行われてもいるはずだ。声がフロウとデリバリーを経てラップになるとき、私たちの意識を介さないところでヒップホップやR&Bやロックといったカルチャーがふと立ち上がり、多くの歌い手自身を救う。それら現象を掬い上げることができれば、どんなに幸せなことだろうか。

 本連載は、筆者が著した『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)の、“その後”である。当書籍では、ヒップホップ史における女性のラッパーの存在に光を当てると同時に、ポップミュージックとのせめぎ合いの中で一部の女性ミュージシャンによってその口語実験が近年スリリングな展開を見せている状況を紹介した。現在進行形で取り組まれているその試みを、具体的な作品とともにつまびらかにしていくのが本連載の役割である。

第0回はこちら↓

人間の煩悩をくすぐる営み――妖艶金魚が描くフィクションとリアルの画像2
妖艶金魚 RIRI(写真左)/Nina(写真右)

 夜のストリートを闊歩するあなたならすでにご存知かもしれないが、いま、真夜中の東京の街を色めき立たせる女性2人組がいる。彼女たちが行く先々は、まるで花街かのような色気が漂い、ほのかに香る懐かしさといまを生きる新しさが振りまかれる。

 妖艶金魚。ダンサーやモデルとして界隈では知る人ぞ知るポジションを築いているRIRIと、新世代DJとして近年東京の箱を湧かせているNINAの2人によるうっとりするような名前のそのユニットは、すでに夜の街を舞台に局所的な支持を得ている。

 誰もが知っているだろう――夜のストリートを舞台に本気で遊ぶというのはなかなかに難儀である。ナイトシティを美しく舞うには才能が必要であり、選ばれし者だけが綺麗な遊びを執り行うことができる。奇しくも夜を遊ぶ能力に長けた2人は、2020年に妖艶金魚を結成後、その猥雑さをコンセプチュアルに表現した楽曲をドロップしてきた。歌謡曲やジャズ、R&B、そしてヒップホップといった雑多なルーツから成る音楽性は、練られた演出を見せながらも決してリアルさを失っておらず、軽薄さを感じさせながらも徹底してコンシャスだ。

 22年1月、これまでの既発曲をまとめた初のEP『FRIDAY OF NIPPON』がリリースされた。パンデミックが長期化し、ハイパーポップやボカロミュージックといったインターネット発の混沌をデフォルメさせたような音楽が溢れる中で、妖艶金魚の作品は異質のベクトルを示しているだろう。トラディショナルなヒップホップの魅力をベースに、艶めかしい身体から発される色気。ウィットに富んだ韻とリリック。歌とラップの間を行き来しながらトラックをぐいぐい引っ張っていく低い声。それらは、はっきりと、オルタナティブとして鳴っている。

※「ATTITUDE」MV

 本EPでの妖艶金魚の魅力は、完成度高く構築された世界観から時折顔を覗かせる、無造作なやさぐれ感にある。平易な言葉でだらんと綴られた「ぼやき」や「呟き」がトラックにバチっとハマる、生活感と音の絡み合い。「Black」でフックにはめられる「あーでもないこうではある/あーだこーだ何だっていうんだ/Black Black Black」といった巧みな語呂。「Shikisai」の「いいえ永遠の中身はすっからかん/その後はもぬけの殻」というフレーズや「For Your Love」の「だけどされどドレミファソラシド」も同様である。独自の煙たいムードの楽曲は一聴すると作りこまれた印象を受けるが、随所に施されたユーモアのある言葉遊びが、弛緩したリアリズムを現出させる。

 映像面も見逃せない。門前仲町の情緒豊かな居酒屋が並ぶストリートを背景にロマンティックなコスチュームを見せる「Black」や、ラブホテルの妖しく湿った空間でシュールな舞いを見せる「Shikisai」など、ムードを丁寧に捉えていくMVでありながらも、それらは過剰な演技として映ることはない。七変化のごとく装いと顔つきを変えていく“リアルな”姿は、RIRIとNINAが夜の街に愛されている証拠である。

※「Black」MV

※「Shikisai」MV

 現代において、猥雑さとは知性である。つるんとした、のっぺりとした、作られたもので溢れたこの世界において、肉体のエロティシズムは得体の知れないものと化しており、あらゆるものを媒介にエロティックな才気を立ち上がらせる営みは、その感性と包括性の行使において知的な行為なのだ。夜のストリートを舞台に、美しく遊びながら街中を荒らす妖艶金魚は、EPの冒頭を飾る「ATTITUDE」で「燃やせ」と宣言し、「Oyasumi」では「アイライン/太く描く夜/衝動が冷静/激しく突く」と、あくまで俯瞰した視線で情景を描写する。そこには、確かなフィクションとリアルがある。

つやちゃん(文筆家/ライター)

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。初の著書『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)が1月28日に発売されたばかり。

Twitter:@shadow0918

つやちゃん

最終更新:2022/03/05 19:00
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