『ウエスト・サイド・ストーリー』極上の出来栄えと、残された問題
#ウエスト・サイド・ストーリー
アンセル・エルゴートへの疑惑の「うやむや」
ここからは、最初に掲げた主演俳優の問題について記していこう。
アンセル・エルゴートは20年6月にTwitterで当時17歳だった女性から性的暴行の告発を受け、その主張を否定した。その際の声明文は「謝罪になっていない」などと炎上し、彼の法的処置を求める署名活動も行われていた。アンセルは過去のInstagramの投稿をいったん全て削除したりもしたが「ほとぼりが冷めた」ような頃合いで投稿を復活させ、『ウエスト・サイド・ストーリー』のプロモーションを始めたことも批判の対象となった。
声明の後は、アンセルは告発についていっさい語っておらず、21年12月のアメリカでの『ウエスト・サイド・ストーリー』の合同記者会見には参加したものの、個別のインタビューなどは避け続けていた。アンセルと本作で共演したレイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、リタ・モレノは非当事者として、中立的な立場をインタビューで示した。スティーブン・スピルバーグ監督は、この疑惑について何ひとつコメントをしていない。
こうしたことから、アンセルへの疑惑は今や「うやむや」になりつつある。さらにショックなのは、この『ウエスト・サイド・ストーリー』が主演俳優の代役を立てて再撮影することも、また公式に声明を出すこともなく、そのまま公開されてしまったことだ。17年に起きた「#MeToo」から、ハリウッド映画界は性的虐待および暴行の疑惑に対し厳しく追求する姿勢のはずだったのに、この決断に至ったのだから。
例えば、17年の『ゲティ家の身代金』は出演者のケヴィン・スペイシーが当時14歳の俳優にセクハラを行っていたとの報道を受け、公開まで1カ月しかないにも拘わらず、リドリー・スコット監督は即座にスペイシーの出演シーンを全て撮影し直す決断を下した。代役にはクリストファー・プラマーが起用され、再編集は夜を徹して行われたおかげで公開日に間に合わせることに成功した。
さらに21年、リドリー・スコット監督は『最後の決闘裁判』という実際にあった中世の女性への性的暴行の事件を扱った映画を世に送り出した。ほかにも性的搾取の問題を描いた『プロミシング・ヤング・ウーマン』や『ラストナイト・イン・ソーホー』も高い評価を得た。アンセルとスペイシーという共に性的被害の告発を受けた俳優が出演した『ベイビー・ドライバー』(17)のエドガー・ライト監督が、その後に『ラストナイト・イン・ソーホー』を手がけたというのも意味深だ。
ハリウッドだけでなく日本でも、強制性交の疑いで逮捕された新井浩文が出演した19年の『台風家族』は、再撮影や再編集はされなかったものの、延期された上で3週間限定の上映となり、公式サイトでは内容を変えずに公開へ踏み切った理由を誠実に記した文面が掲載された。また、新井浩文が主演を務めた『善悪の屑』は、公開中止となった。
そのように、近年では映画の内外で性的暴行や搾取を断固として許さない動向が確かにあったはずなのに、『ウエスト・サイド・ストーリー』のアンセルや映画の内容には、何の処分も対応もなされなかったのだ。前述したように、作品の出来栄えがまさに極上と呼ぶにふさわしいだけに、より悲しく思える。
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