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【田澤健一郎/体育会系LGBTQ】

男子フィギュアスケーターがゲイを隠すために同調した“誤解”

「あの選手はゲイじゃない?」誤った視線を乗り越えるために

男子フィギュアスケーターがゲイを隠すために同調した誤解の画像2
(写真/佐藤将希)

 男子フィギュアに向けられる世間の目の中には、「あの選手はオカマっぽくない?」といった下卑た視線もあるだろう。競技の特性上なのか、確かに男子の演技でも表面上はわかりやすいマッチョな「男らしさ」は薄く、中性的、あるいはフェミニンな印象を受けることがある。

「フィギュアって実際は、強靱なフィジカルと高度な技術がないとトップレベルにはなれません。ただ、それをいかに隠して、当たり前のように華麗に演技できるかがポイントだから、トップ選手になればなるほど、男性的なたくましさが見えにくい。さらに、普段は一般的な男性と何も変わらないのに、いざ演技となると女性的な雰囲気を出せる、出てしまう選手がいるんです。一種の表現力なんでしょうね。そういった表現力の豊かさ、幅の広さも評価の対象だから、誤解する人もいるのでしょう。だから、例えば野球部やラグビー部のストレートの男子選手たちだって、フィギュアをさせてみたら、何人かはそういう雰囲気が出る子がいると思いますよ」

 そんな実情をわかってもらうことが、簡単でないことはわかっている。

「そもそもフィギュア界の中でも、そんな視線はありますからね。男子の選手がちょっと女性っぽい演技をすると『あいつ、やっぱりゲイ?』とか、ふざけ気味に言う関係者もいますから。正直に言えば、過去に僕もそういった発言やノリに同調してしまったこともあります。ゲイであることを隠すために合わせちゃったという言い訳もあるのですが、今、思うと本当に恥ずかしい。僕からすれば、フィギュアだってストレートがマジョリティの体育会の世界。ゲイがやりやすいスポーツと思われるかもしれませんが、そんなことはありません」

 冬馬はそんな経験を通して、フィギュアの競技内容や種目の幅が今より広がってもいいのでは、と思っている。事実、現状の男子フィギュアにマッチョイズムを前面に押し出すような演技は少ない。ジャンプなど男子ならではのダイナミックさが出ることはあるが、演技全体では「華麗な美」といった言葉が似合いそうなタイプが多くを占める。

「羽生結弦選手の活躍もあり、男子フィギュアも人気はアップしています。でも、競技人口は増えるどころか減っているんです」

 もちろん、ほかのスポーツと同じく少子化の影響はあるだろう。また、経済的な理由も考えられる。ただ、それだけではないかもしれない。

「男子フィギュアに対する一部の誤った見方も関係していると思うんですよ。ストレートの男子が『ゲイじゃないか?』なんて視線を受けるのは気の毒だし、そんなイメージを嫌がる子どももいるでしょうから。だから、個人的には非公式でもいいので、フィギュアに男子ならではのフィジカル、力強さ、身体能力にフォーカスを当てた種目や大会、イベントがあったらいいのに、と思います。そしたら『やってみたい』という男子が増えるかもしれない」

ゲイ同士、レズビアン同士のペア競技が生まれたら……

 現役生活において、冬馬はゲイであることが演技に影響する可能性を感じることもあった。

「自分としては競技は競技、セクシュアリティはセクシュアリティと割り切って取り組んでいました。それでも、意識しないところで僕がゲイであることが芸術性の表現に表れていたのかも、と感じます。だから、もしペアの選手がゲイやレズだったら苦労する点があるかもしれない」

 男女が組んで競技をするペアでは、男女間の心の機微をうまく表現することが芸術性の高さにつながるときがある。その場合、演技中は選手同士が一種の疑似恋愛のような状態になることも選手やケースによっては必要とされている。芸術性が重視されるフィギュアならではの特徴だろう。翻ってゲイの男性とストレートの女性のペアだと、表現が困難になる可能性があるという話だ。

「だから、たまに考えるんですよ。ペアを同性と組めないかなって。ゲイ同士、レズ同士なら芸術性の表現もスムーズにしやすいでしょうからね。それが男子ペアであれば今までのフィギュアにはない、芸術性も高い上にダイナミックでアクロバティックな技だって生まれそう」

 フィギュアは競技人口の少なさもあってか、閉鎖的な部分もあったという。もし、冬馬の提案のような取り組みが実現すれば、日本のフィギュア界がより自由に、より強く、より魅力的な競技になるための起爆剤となるだろうか。

*本稿は実話をもとにしていますが、プライバシー保護のため一部脚色しています。

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童貞とバカにされながら野球に没頭した専門学校の部員

1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスの編集者・ライターとなる。野球をはじめとするスポーツを中心に、さまざまな媒体で活動している。著書に『あと一歩!逃し続けた甲子園 47都道府県の悲願校・涙の物語』(KADOKAWA)、共著に『永遠の一球 甲子園優勝投手のその後』(河出文庫)などがある。

たざわけんいちろう

最終更新:2022/02/10 11:00
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