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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > バレンタインだから観たい『花束みたいな恋をした』
宮下かな子と観るキネマのスタアたち30話

バレンタインだから観たい『花束みたいな恋をした』パートナーと人生を歩む意味

映画みたいについ語りたくなるキーワードがいっぱい!

 時代の流れを感じる最大の理由は、多くの固有名詞が登場すること。まずはじめに、菅田将暉さん演じる麦と有村架純さん演じる絹が出会う京王線明大前駅。終電を逃した2人が夜通し歩いて到着する調布。そして、調布駅から歩いて30分の多摩川が見える2人の新居。他にも、調布のPARCO、コリドー街、高島屋、渋谷のPARCO等、特定の場所がロケ地であったり、セリフとして登場する場合もある。都内に住む人間であれば必ず「あぁ、あそこね」と結びつくので、この2人が同じ都内で生活している人物として現実味を感じ、親近感を覚えます。もしかしたらこの2人とすれ違っていたかもしれない。もしくは2人のように、こんなふうに夜を明かした思い出がある。観客はごく自然に自分自身の記憶と重ね合わせているはずです。

 それだけでは収まらず、2015年から20年の5年間を描いた物語に沿って、その年月に生まれたカルチャーも数え切れないほど登場します。「押井守」「天竺鼠のライブ」「シン・ゴジラの公開」「新海誠がポスト宮崎駿になったこと」「宝石の国の最終巻」「舞台わたしの星の再演」「たべるのがおそいの創刊」「今村夏子芥川賞」「SMAPの解散」等、挙げたらキリがない。きっと知っていればいるほど、麦と絹とのフィーリングを感じ、ときめかずにはいられません。私はゲームと音楽には疎いのですが、好きな本や映画のタイトルや作家さんの名前には、かなりときめきました。自分が好きなカルチャーによって、この作品から拾えるワードがそれぞれ異なるというのも面白い点ですよね。

 そしてもう1つ特徴的なのが、2人が好むカルチャーの多くは、大衆に愛されるメジャーなものではなく、いわゆるサブカルに属するもの。例えば「君はワンオクとか聴かないの?」という質問に対し、麦が「聴けます」と答えたり、2人の出会いの場面では、押井守監督を知らない男女が実写版『魔女の宅急便』が好きだと盛り上がる姿に、揃って無言になる。そして、大多数から見たらマニアックととれるようなサブカルを語り、意気投合した2人はあっという間に恋に落ちるのです。

 本好きの私として、この映画で見逃せないポイントは、本棚。麦の家を訪れた絹が、本棚の前で目を輝かせ、「ほぼうちの本棚じゃん」とニヤニヤ笑みを浮かべますが、スクリーンを前に私も同じく興奮しました。なんとセンスの良い本棚だろう!と。

 西村ツチカ、魚喃キリコ、梅佳代、長嶋有、小川洋子、いしいしんじ、小山田浩子の『穴』、ほしよりこの『逢沢りな』、大友克洋の『童夢』も!更に2人の新居の本棚をよくよく観察すると、高野文子さんまで揃っている!家の本棚を見れば、その人の好みや性格がおおよそ分かる、という持論を持つ私にとって、この本棚細部にまで至るこだわりはたまらない演出です。

 自分の好きなもの・考え方と全く同じ人と出会えて、共に共有できる喜びは大きい。息ぴったりな有村さんと菅田さんのお芝居は観ているだけで愛おしいし、「え、私も好き!」というふわっと弾むような高揚感は、きっと観客にも甘酸っぱい経験としてあるはず。そんな2人の空気感を優しく丁寧に切り取る土井監督、細部にまでこだわる美術も完璧です。

 また、絹演じる有村さんのカルチャーに対する表現で心に残った場面が、滝口悠生「茄子の輝き」を読み終え、本を閉じ表紙を眺めながら小さな溜息を吐くシーンと、舞台観劇後に出口へと歩くふとしたシーン。読後・観劇後に受けた胸の高鳴り、衝撃。その心の状態の芝居の繊細さに、カルチャー好きとして観ていて心から共感できるのです。きっと有村さんご本人が、普段からカルチャーに触れていらっしゃるんだなと、そういう心を動かしてくれるものに、敬意を持っていらっしゃるんだろうなと、そんなふうに感じました。他にも、笑って誤魔化すような複雑な心境のお芝居であったり、白黒はっきりしない曖昧さが人間味あって共感できる。やっぱり尊敬する役者さんです。

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