
Mr.Childrenが『Atomic Heart』で見せた“オルタナティヴ”への助走
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「innocent world」 “作品”と“作家”の距離がゼロに近づく契機

「innocent world」には「アクエリアス」新製品のCMタイアップが付いていたが、桜井がタイアップを意識して書いた歌詞の内容に、小林が「もっと自分のことを書いていい時期じゃないか」「桜井が歌うからこそ意味があるような詞じゃないと駄目じゃないのか」と疑問を提示し、リライトを促したという。
桜井が「タイアップ」を意識した、いわば職業作家的な曲作りを行なったのはこれが初めてではない。『Kind of Love』(‘92年)収録の「星になれたら」は「JR東海の架空のCMソング」を念頭に作成したと言われているし、のちに「グリコポッキー」のタイアップに抜擢された「Replay」(‘93年7月)のサビは、放送の尺(15秒)にフィットするように周到に計算されている。
当時、トイズファクトリー社員の女性(のちの最初の妻)と同棲していた桜井は、「一生懸命タイアップを取ってきてくれた期待に応えたい」一心で、「innocent world」においても、企業からの絵コンテにあった「夏」「灼熱」といったモチーフを踏まえ、当初の歌詞には律儀に「灼熱」などの言葉を入れていたという。そこから、メンバーも当惑するほど桜井自身の内面をさらけ出す歌詞へと書き直された「innocent world」は発売から2ヶ月足らずでミリオンヒットに到達。94年のオリコン年間シングルチャート1位を記録した。
小林宅でのホームレコーディングの延長にあるような“ヒルトン・レコーディング”や、自身のキャリアを支える存在が身近にある生活環境。あらゆる面でプライベートとパブリックの境界が曖昧になっていく中で、当時の桜井が取った「内面を作品に投影する・晒す」というスタンスは、『深海』以降の作品において私たちを熱狂させる重要な要素となり、同時に桜井自身を果てしなく苦悩させていく。
次回は『深海』『BOLERO』の制作から活動休止に至るまでの1995~1997年を軸に、サウンドのさらなる変化を追いながら、この時期の楽曲が持つ“特別な魅力”の謎を解き明かしていきたいと思う。
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本稿におけるMr.Childrenのレアな制作エピソードは小貫信昭氏の『Mr.Children 道標の歌』(水鈴社)を参考にさせていただいた。
本稿で紹介しきれない楽曲を含め、Mr.Childrenのオルタナティヴ・ロック方面の楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひ新たなMr.Childrenの魅力の発見にご活用いただきたい。
<本連載の過去記事はコチラ>
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