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あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#5

Mr.Childrenが『Atomic Heart』で見せた“オルタナティヴ”への助走

ヒルトン・レコーディング”がもたらしたソリッドかつ暖かな音像

Mr.Childrenが『Atomic Heart』で見せた“オルタナティヴ”への助走の画像3
Mr.Children『Atomic Heart』

 Mr.Childrenは「CROSS ROAD」(‘93年11月)のロングヒットを足がかりに、「innocent world」(‘94年6月)「Tomorrow never knows」(同11月)のメガヒットによりスターダムへとのし上がっていく。

 世間から急速に注目を集め始めたそのさなかの1994年2月、彼らはプロデューサー・小林武史の提案で、高級ホテルでのレコーディングを敢行する。それは、西新宿のヒルトン東京で二間続きのスイートルームを長期間借りてレコーディングを行うという、前代未聞の試みだった。

 当時の都内のスタジオ利用料からすれば一桁以上安価だった、という事情もあったようだが、この試みは小林曰く「プロのスタジオの環境でなく、一般の音楽ファンに近い(※過度に大きな音を出せない)環境でやったらどうなるのか?」という実験だったという。もっとも、デビュー間もない頃のMr.Childrenが小林の自宅でプリプロを行なっていたというエピソードも鑑みれば、このプライベート感とプロフェッショナルな仕事現場の雰囲気を併せ持つ独特の環境も、彼らにはある意味自然なものだったかもしれない。

 “ヒルトン・レコーディング”は当然ながら一般の宿泊客への騒音面の配慮も必要だ。それゆえか、『Atomic Heart』(’94年9月)はドラムを除き、アンプ等を直接録音機器に繋いで収録する「ライン録音」がメインとなっている。結果として本作のサウンドは、次作『深海』が持つスタジオの空気・天井の高さ・アンプのサイズまで想起させるような音像とは極めて対照的な、ソリッドでどこかデジタル感の宿るものに仕上がった。

 Mr.Children結成以前に彼らが愛聴していた音楽作品には、U2やザ・ミッションといったポストパンク/ニューウェイブ以降のUKロックをはじめ、そうした音楽性を受け継いだ辻仁成率いるエコーズなどが挙げられるが、本作のサウンドはそれらとの親和性も感じられる。

 それでいて、決してソリッドな方向にのみ突き進んだ訳ではない。本稿冒頭で『Atomic Heart』とサザンオールスターズ『世に万葉の花が咲くなり』の連続性について触れたが、『世に万葉の花が咲くなり』のように生楽器とプログラミング/シンセサイザーが調和しつつも、個々のパートから次々とフレーズ・メロディを繰り出していく手数の多いアレンジは「Round About ~孤独の肖像~」「クラスメイト」などの楽曲に華やかさや人間的な暖かみを与えているように思える。

 また、ポストパンク/ニューウェイブ以前の“ロックバンド”の代表格であるザ・ローリング・ストーンズをサウンド・MV(ステージアクション)の双方で想起させる「ラヴ コネクション」は例外的に“アナログ感”のある音像に仕上がっているが、これは『世に万葉の花が咲くなり』の現場を知る平沼浩司の録音・ミキシングはもちろんのこと、スティーヴィー・ワンダーやキッスも手がけた大御所ジョージ・マリノによるマスタリングの貢献も大きいだろう。これと近い時期に同じくストーンズを参照したプライマル・スクリームの「ロックス」(‘94年2月)はキック等の分離がはっきりしたクラブミュージック寄りのミックスとなっているが、「ラヴ コネクション」は対照的に、あえて音をダンゴ状に固めたようなレトロな仕上がりであり、エンジニア勢の意地やマニアックなこだわりを感じずにはいられない。

U2がいざなう「終わりなき旅」のはじまり

 本作の制作時、桜井は「バンドのあり方」としてU2の存在が念頭にあったと語っている。「変化することでより多くのものを巻き込んでいく姿勢」を見習い、バンドを「もっと“巨大な怪獣”にしたかった」というのだ。

 U2は、『ヨシュア・トゥリー』(‘87)『魂の叫び』(‘88)で見せたブルースやゴスペル等の米国ルーツ・ミュージックの要素を、『アクトン・ベイビー』(‘91)では大胆に脱ぎ捨て、ダンサブルな打ち込みサウンドや不道徳・性愛などの歌詞世界を取り入れることで新たなファン層を開拓。今に至るまでトップバンドであり続ける道筋を作っていった。

 現在の視座から見れば、Mr.Childrenにとっての『アクトン・ベイビー』的な作品を挙げるなら『深海』のほうがしっくりくるかもしれないが、かつてのU2のように、『Atomic Heart』当時の彼らが見せた大胆な変化は、金属的なスネアを筆頭にドライな音像が光るダンス・ロック「Dance Dance Dance」、精神世界やセクシャルなモチーフを持ち込んだ「ジェラシー」、アーシーでヘヴィな「Asia」などに確実に表れている。

 上記のように、彼らはブレイクの真っ只中にありながら、『Atomic Heart』で大胆な変化を選んだ。このアルバムに先駆けて発表され、大ヒットを記録していた「innocent world」についても、制作時に重要なエピソードがある。

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