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日刊サイゾー トップ  > 『鎌倉殿』は政子による頼朝“略奪愛”描くか

略奪愛だった? 『鎌倉殿』の“原作”で描かれなかった源頼朝と北条政子の馴れ初め

『吾妻鏡』では一切触れられない頼朝と政子の馴れ初め

略奪愛だった? 『鎌倉殿』の“原作”で描かれなかった源頼朝と北条政子の馴れ初めの画像2
大泉洋演じる源頼朝と小池栄子演じる北条政子(ドラマ公式サイトより)

 頼朝は14歳だった永暦元年(1160年)、彼の父・義朝が「平治の乱」で平清盛に反逆したことへの罰として、伊豆国の「蛭ヶ島」とよばれる狩野川の中洲(現在の静岡県・伊豆の国市)に流されたといわれています。最近の研究では、頼朝は蛭ヶ島にずっと滞在していたわけではなく、政子をはじめとする北条家の人々と出会った時期にたまたま蛭ヶ島にいただけでは、という説も唱えられはじめていますが、いずれにせよ、彼は仕事もせず、遊んでいられる恵まれたニート生活を、ドラマのセリフを借りると「ブラブラと」楽しんでいました。

 当時の頼朝の身分は「流人」、つまりは犯罪者ですが、生活資金や物資は彼の乳母・比企尼(草笛光子さん)の実家である比企家からふんだんに送られており、平家から監視役を仰せつかった伊豆・相模地方の豪族たちと一緒に狩りをして楽しむこともしばしばでした。

 ドラマにも出てきましたが、頼朝は、彼のお世話をするという名目で工藤家から監視されていたものの、その工藤家の姫(ドラマでは八重)に手出しして、男子(ドラマでは千鶴丸)まで生ませる事件を起こし、大問題になりました。また、その頼朝と八重の子どもが、平家に睨まれることを恐れた工藤家の者によって殺されてしまったというのも史実ですね。

 『鎌倉殿』第一回の義時は、人は良いけれど、気弱で、周囲のトラブルに巻き込まれる一方でしたが、いつも飄々としている彼が表情をこわばらせた唯一のシーンが、伊東家の使用人・善児(梶原善さん)が千鶴丸の衣服を片手に川辺で立っている姿を見た時のことでした。

 義時は悲報を家族に伝えますが、彼らは現代人のようには大きく騒いだりしません。平安時代末を生きる彼らにとって、あのような事件は日常茶飯なのでしょう。「弱く、誰にも守ってもらえない者は死ぬしかない」というハードな現実を、義時は当然のことのように受け止めているのがうかがえるシーンでした。

 人の命がかなり軽い一方、現代人の目には奇妙なほどに重く取り扱われたのが、名誉に関する問題です。

 政子と頼朝が懇意になった経緯は、鎌倉幕府の公式史『吾妻鏡』では省かれてしまっていますが、頼朝が20代中盤~後半くらいの時、そして政子がハイティーンだった頃に2人は知り合い、男女の関係になったとされています。彼らの年齢差はちょうど10歳でした。『源平盛衰記』(=『平家物語』の異本)では、北条時政が都に出張していた頃に政子は頼朝とデキてしまったと説明されていますね。

 『吾妻鏡』は、北条政子が大いなる愛と意思の力で都からきた“貴種”の頼朝と結ばれたことを誇らしげに語る一方、2人の馴れ初めには完全沈黙しているわけですが、その理由を推理するためのヒントはこのあたりにある気がします。おそらく、工藤家の姫をめぐるトラブルにうんざりしていた頼朝に政子は近づき、彼を誘惑し、恋仲になったのではないでしょうか。

 しかし、当時の坂東(=関東)の武士社会の性愛倫理は非常に厳しいものでした。何があろうが一途に一人の殿方を愛し続けることこそ、武家の女性の理想でしたし、そういう他人の“女の道”を脅かすような生き方もNGでした。頼朝と結ばれたのは政子による“略奪愛”だったからこそ、2人の馴れ初めについて『吾妻鏡』で一切触れられなかったのでしょう。都合の悪いことにはまったく言及しないのが『吾妻鏡』の特徴であることは覚えておいてください。

 もっとも、政子は父・時政から頼朝との結婚を猛反対され、北条家より身分の高い山木家の兼隆との縁談を強要されてしまいます。ここはドラマで詳しく描かれるでしょうから、その時にまたお話する予定です。

 筆者が第一回の放送の中でもっとも魅力を感じたのは、この政子役の小池栄子さんでした。小池さんは、政子役に本当に適任だと感じます。ネット上でも小池さんのコメディエンヌ(=喜劇女優)としての才能に「さすが」と納得する声が多くありました。彼女は声がよく、セリフをキリッと響かせられる女優さんですから、今後出てくるだろう愛憎のシーンにおいても、政子というキャラの好感度を保つことができると期待しています。

 それにしても、初対面の頼朝から政子が名前を聞かれるシーンは興味深いものでしたね。頼朝は彼女の名を問う声に多少の“含み”をもたせていたのに、彼の意図がわからず、お惣菜の名前を聞かれていると勘違いした政子が「大根汁でございます」などと言っていたあたりには、おかしみがありました。

 この時代、男性に名前を問われ、それに答えるということは「男女関係になることを受け入れた」に等しいわけですが、ドラマの政子は、本当に彼女がタイプとする“雅な殿方”以外、目にも入れない生き方をしてきたのだなぁ、と思われてなりません。“原作”となる『吾妻鏡』では頼朝と政子がどのように関係を進展させていったかはほとんど触れられていないからこそ、ドラマではどのように描かれるのか、今後の放送が楽しみになりました。

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堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 16:52
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