女性同士の恋愛を「手紙」で追想する映画『ユンヒへ』の魅力
#韓国
「満月」がモチーフになった理由
イム監督によると、インターネットもスマホもある現代で、あえて手紙というモチーフを使った理由は、送ることのない手紙を書き溜めていたことで「ずっとお互いを恋しく思っていた」という心情と、昔の恋愛にあった「待って期待していた時間があったからこその切ない気持ち」を表現したかったからだそうだ。他にも、シュテファン・ツヴァイクの書簡形式の小説「見知らぬ女の手紙」からも、インスピレーションを受けたという。
さらにインスピレーションを受けたのは、イム監督自身の母と、亡くなってしまった猫だった。チェ・ユンヒという名前は母が若い頃、恋愛していた時に使っていた仮名だという。イム監督には「猫はとてもデリケートで、人と空間に慣れるまでに多くの時間が必要な動物」という認識があり、劇中の日本人の女性ジュンを「猫のような人」だとも思っているそうだ。
さらには、「満月」というモチーフも、夏目漱石が「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳したエピソードを連想させる使われ方をしている。やはり前述した『Love Letter』に似た要素や小樽という場所以外でも、日本という国や文化へのリスペクトも存分に感じる内容になっていたのだ。
また、脚本を書いていた当時や、公開以前でのタイトルは「満月」だったそうで、そこには「月が満ちては欠けて、また満ちていくという過程が人生と似ている」という考えがあったという。月の形が物語に示唆を与えており、2人の心の距離感が中心に置かれている様は、まるでアニメ映画の『君の名は。』(16)のようでもあった。
身近な大切な誰かが心の支えになる
本作が女性同士の恋愛を描いた映画であることについて、イム監督はこう話している。「韓国と日本の女性は確かに違います。しかし、男性中心的な社会秩序が強固に成立した国で生きてきたという点では似ていると思いました。『ユンヒへ』で東アジアの女性たちが互いに連帯し、愛を分かち合う姿を見せたかったのです」
『ユンヒへ』では、主人公の2人だけでなく、その子どもや叔母の存在が重要となり、「世代を超えた女性の連帯」としての物語を際立たせている。イム監督曰く、彼女たちは「人生にいなくてはならない同伴者」。ユンヒは過去に性的指向が原因で苦しんでいたこともあったが、娘の行動がその傷を癒していく。ジュンは「 私は誰なのか」と自分に問いかけながら生きていたが、その固く閉ざした心を開ける存在が叔母だったのだ。
その世代を超えた女性の連帯の物語は、パートナーとなる存在だけでなく、身近な大切な誰かが、その人の心の支えになるのだと教えてくれるようだった。これは、LGBTQ+の当事者はもちろん、全ての人にとって福音となる価値観ではないだろうか。
実際に、本作のポスターにはこのような文言も書かれている。「あなたと出会ったから、私は自分が誰なのか知ることができた」と。恋愛によって苦しむこともあったが、それによってアイデンティティーを強固にできたり、また大切なことを学べるということも、また普遍的に多くの人に響く物語だろう。
『ユンヒへ』の劇中では、大きな出来事はほとんど起きない。はっきり言って、とても地味な作品だ。しかし、過去にあった出来事や、身近な大切な人のほんの少しの行動が、自分の心情に大きな変化をもたらすことは、現実にも起こりうることだ。何より、静かかつ丁寧に心情を描いていく本作のようなドラマこそ、スクリーンでじっくりと見届ける意義があると思うのだ。ぜひ、劇場で美しい冬景色と共に、このラブストーリーを堪能してほしい。
『ユンヒへ』
2022年1月7日(金)シネマート新宿ほか全国ロードショー
監督・脚本:イム・デヒョン
出演:キム・ヒエ(『密会』「夫婦の世界」)、中村優子(『ストロベリーショートケイクス』『野火』)、キム・ソへ(元I.O.I)、ソン・ユビン、木野花、瀧内公美、薬丸翔、ユ・ジェミョン(特別出演)ほか
2019年/韓国/シネスコ/カラー/105分/5.1ch/原題:윤희에게/日本語字幕:根本理恵
協力:loneliness books 配給・宣伝:トランスフォーマー
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