80年代「ムー」は天皇を仮想敵に……陰謀論ブームの今知るべき「オカルトとナショナリズム」日本近代史
#社会 #オカルト
二・二六事件の背後にイタコがいた!?
──このインタビュー記事を読んで「ムー」論に関心を持った人におすすめしたい、論集内のほかの論考はありますか。
茂木 個人的に読みものとして推したいのは、乾英治郎さんの「出征する〈異類〉と〈異端〉のナショナリズム」。日露戦争など戦時下には神々も、狸(たぬき)のような異類も出征して傷ついてきたという怪談が語られていた──といったことを明らかにした論考です。
歴史学を含めて珍しい論文になったと思うのが、私と大道晴香さんによる「〈怪異〉からみる二・二六事件 北一輝と対馬勝雄におけるオカルト的想像力」と、井関大介さんの「井上円了の妖怪学と天皇神話」です。前者は、二・二六事件を起こした青年将校がイタコに頼って物事を決めていた、理論的指導者と思われていた北一輝も霊術などのオカルト的な文脈との間に親和性を深く持っていた、ということを指摘したものです。後者は、これまで井上円了は妖怪学を打ち立てながらも合理主義者で「妖怪なんていない」というスタンスだと語られてきたけれども、彼は一方では教育勅語の普及活動に熱心で天皇崇敬もしており、神秘的な天皇神話に対して否定的ではなかった。そういう彼の思想の総体から見た場合、妖怪学とは本当のところどうだったのか、という論考です。
──北一輝はキリスト教まで含めたいろいろな宗教・思想を自分に都合のいいように引っ張ってきていて、それこそオウムみたいだなと感じました。
茂木 そうなんです。おばけも雑多なのですが、ナショナリズムもだいぶ雑多なんですね。
──先ほどの話とつなげると、理路整然とした言説には神秘性が宿らないのに対して、雑多で矛盾した情報や理屈、ほのめかしが並べられると、何かすごいものに感じ、さらには自分に都合よくツギハギして理解し、それを「自分が隠された真実・真理を発見した」かのように感じてしまう受け手もいるということですよね。
茂木 きちんとしたことだけ突きつけられると逆に不安になり、騙されているように感じる人は社会に一定数います。雑多さ、いかがわしさを内在させている怪異やナショナリズムは、そういう思考の人を引き寄せてしまう。人間に万能感を抱かせるためのツールが、怪異とナショナリズムの歴史をたどると転がっています。
──近年のQアノンをはじめとする陰謀論とも通じるものがあるように感じます。
茂木 我々のような研究者がそれらに対して直接的な処方箋を用意できるわけではありませんが、似たような現象が歴史的に繰り返されていることは今回の論集で示せたと思います。
また、排外主義やナショナリズムとの関係でいえば、堀井一摩さんが「怪異と迷信のフォークロア」という論考を寄せています。堀井さんは近代日本の植民地における亡霊譚、例えば、台湾の日本統治に際して虐殺された先住民の亡霊に関するフォークロアなどに表れる〈植民地的不気味なもの〉について論じています。歴史は我々にとって必ずしも都合がいいものではありません。排除され、不可視化されていったものの声に耳を傾けることも、近現代社会における怪異を見ていく意義として存在します。
──最近では都市伝説や怪談系のYouTuberもいますが、本人はネタのつもりなのかもしれないけれども危うい受け手を引き寄せないかと思ったりしますね。差別的な内容を含んでいることもあり、危惧するところがあります。
茂木 怪異・怪談は特定の人たちに対する抑圧と重なる面があり、差別やその土地のネガティブな歴史を反映していることは当然あります。だからこそ、扱う側は徹底して倫理的でなければならない。従来から活動されているプロの怪談師の方々はそれをわきまえていらっしゃるのですが、残念ながら無邪気に外に出してしまう方もいなくない気はしています。
ただ、やっている側は善意なんですよね。ネット右翼や陰謀論者を含めて、良かれと思って語っている。しかし、その善意に基づく攻撃や偏見は極めて危うい。
私個人としては肯定はしませんが、とはいえ歴史を振り返ると、そうした危ういものによって慰謝を得ている人たちがそこに至った背景・事情にも目を向け続ける必要があるように思っています。頭ごなしに否定するのではなく、現象、言説として浮上したものに真摯に取り組むことをやってみたのが今回の論集であり、そこにも現代的な意義があるといえるかもしれません。
茂木謙之介(もてぎ・けんのすけ)
1985年、埼玉県生まれ。東北大学大学院文学研究科・文学部准教授。東北大学文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士前期2年の課程を修了。東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了。博士(学術)。足利大学工学部講師を経て、2019年から現職。専攻は日本近代文化史・表象文化論。著書に『表象としての皇族 メディアにみる地域社会の皇室像』(吉川弘文館)、『表象天皇制論講義 皇族・地域・メディア』(白澤社)。
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