80年代「ムー」は天皇を仮想敵に……陰謀論ブームの今知るべき「オカルトとナショナリズム」日本近代史
#社会 #オカルト
近代化、すなわち合理化と中央集権化はナショナリズムと紐づくと同時に、そこから弾かれるものを生み出す。例えば被差別者や社会主義、そして怪談や怪異、超常現象である。
こうした視点に基づき、日清・日露戦争(1894~95年・1904~05年)と日中・太平洋戦争(1937~45年)に参戦したとされる妖怪変化(!)に関する世間話や目撃談、はたまた爬虫類人レプティリアンによる世界支配を唱えるマルクス主義的陰謀論などについて論じた怪異怪談研究会監修、茂木謙之介/小松史生子/副田賢二/松下浩幸編著『〈怪異〉とナショナリズム』(青弓社)が刊行された。
そこで、同書に「“オカルト天皇(制)”論序説 一九八〇年代雑誌「ムー」の分析から」という80年代の「ムー」(学習研究社)における天皇表象についての論考を寄せた東北大学大学院文学研究科の茂木謙之介准教授に訊いた。「東日流外三郡史」「竹内文書」などの偽書(古史古伝)を元にした超古代文明論や日ユ道祖論、天皇ユーラシア起源説、そしてそれらに対する「ムー」編集部のスタンスは、昨今の陰謀論をめぐる騒動から見てどんな意味や近似性があるのか──?
なぜ「ムー」は天皇を扱ったのか?
──「ムー」は1979年創刊ですが、なぜ80年代の天皇に関する記事に注目されたのでしょうか。
茂木 NHKの「日本人の意識」調査などを見ると、80年代は天皇に対する関心が下がっていた時期でした。大きなトピックもなく、先の戦争に対する記憶も薄れていた。その時代の天皇像を、ひとつの雑誌を通して引っ張り出せたら面白いのではないかと思ったのがきっかけです。
私はもともとメディア研究をしており、読んだことはなかったものの興味はあったオカルトコンテンツの総合雑誌「ムー」を掘り起こしてみよう、と思いました。すでにさまざまな方が明らかにされてきたように、竹内文書をはじめとする「古史古伝」と呼ばれる、記紀神話に書かれていない歴史を記述したと称する偽書の中では、それらが語る「真の歴史」を抑圧する存在としての「天皇」が前掲化してきます。古史古伝の扱われ方は社会状況、時代によって異なりますが、今回の論考では「ムー」を通じて80年代の受容について書くことができました。また、「ムー」研究自体がこれまで意外なまでになかったのですが、読者と編集者の関係性をある程度跡づけることができた点も収穫であったと思います。
──「ムー」が天皇をこんなに扱っていたのかという驚きがありました。
茂木 ただ、「扱っている」といってもあくまで添え物だったんですね。自分たちのオカルト記事に正当性を与えるために、「本来ありえたはずのオカルティックな想像力を抑圧する存在」「扱って大丈夫な仮想敵」の代表格として天皇がアイコンとして位置づけられている。「ムー」は基本スタンスとして、オカルト的なものを取り扱わない既存の教育やアカデミズムを仮想敵としているのですが、広い意味での「国家」、権力の表象として天皇を扱っている。
──それを学習参考書を刊行している学研がやっているのが面白いですね。
茂木 ただ一方的に「否定している」というより、「自分たちには将来認められるべき正統性がある」的な心情の裏返しという印象です。「絶対に倒すべき対象としての学校教育」ではなく、いつか手を結ぶものとして描かれている。そこは学研という企業ゆえの特性なのかもしれません。
──竹内文書などの古史古伝、偽史あるいは伝奇小説に反天皇制や反権力を読み取った偽史論を笠井潔らが書いていましたが、この論考で扱われている天皇ネタは菊池秀行や夢枕獏らによる伝奇バイオレンスブームと同時代の産物ですよね。
茂木 そういう文脈は非常に強いですね。菊池秀行への言及がブックレビューに存在していたり、荒俣宏の『帝都物語』は特集が組まれています。日本を舞台とした伝奇小説群を扱った読者と当時の「ムー」が近しいところで展開していたのは間違いないと思います。異端ブーム(60~70年代)以降の「幻想文学」の動向とは重ならない、ポップでライトに消費された場として「ムー」があったのかなと考えています。
雑誌は「生きもの」ですから、そのとき熱い話題に乗っかっていたともいえます。例えば、1989年に昭和天皇が崩御し、改元が行われると、マスメディアでは大嘗祭(だいじょうさい)をめぐる議論が取り沙汰されるようになりました。その時期の「ムー」は「日本人を意味づける存在として天皇がおり、そのスピリチュアルな力を持った天皇をいただく形で我々は今ここにいる」的な記事を掲載するようになります。80年代にはユーラシアやポリネシア起源説を唱え、あるいは古史古伝を引き合いに批判的に言及していたのとは打って変わって、「万世一系」的な枠組みへの加担が進んだわけです。
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