『ダンダダン』『SANDA』…まだまだ追いつける!既刊3巻以下のおすすめコミック
『私にできるすべてのこと』著:池辺葵(文藝春秋「週刊文春WOMAN」掲載)
『繕い裁つ人』『プリンセスメゾン』『ねぇ、ママ』などで知られる池辺葵氏。時として厳しい社会の中で、言い知れぬ寂しさを抱えながら生きていく人々の姿を繊細に、かつ親しみを込めて描き続けてきた彼女が、SFに挑戦した作品。それが『私にできるすべてのこと』だ。こちらは全1巻(全6話)。2021年の3月に発売された。
池辺葵氏は「余白と余韻の作家」といえるだろう。シンプルなキャラクターデザインながら、表情の変化で感情が伝わる絶妙なバランス、背景を極力描き込まないことでセリフがパッと目に入ってくるアプローチ。しかし衣装や髪形へのこだわりは各コマから強く伝わってくるし、計算された“抜き”の演出は、ここぞというキメのシーンでの精緻な情景描写のインパクトを倍増させる効果をも担っている。
その彼女の特性がSFと掛け合わさった際、なんとも切なさの漂う抒情詩が生まれた。舞台は、静かな田舎町。ヒト型AIが大量生産されてから20年が経ち、多くが破棄された現在。住民と同じように、生活に溶け込んでいるAIたちの悲哀を描く。彼らは感情を表現することはないが、人が抱く悲しみや愛情は“知って”いる。人に非ずして、人に近しい存在。とすると「不気味の谷」(ロボットが人間に似ていく過程で、途中までは親近感をおぼえるが、ある領域を超えると嫌悪感を抱かせる現象)を想起させるが、池辺葵氏はその道をたどらない。淡々と、だがこぼれる砂粒をすべて描き込むような緻密な物語構成で、人間とAIの共存、その可能性を探ってゆくのだ。
また興味深いのは、AIたちの言葉に対する人間の“反応”が、本作独特の切なさを生み出していること。例えばAIが発する「僕らは使命がないと存在する意味がない」「私には空の変化は時間の標なだけ」といったセリフの一つひとつに、人々は何とも言えない哀しみをおぼえる。我々は使命がなくても存在していいし、空の変化に感情を揺さぶられるものだ。ただAIはそうはいかない。対話の相手が憐憫の表情・感情をもってAIと接することが、すなわち読者が抱く感情とリンクする構造になっているのだ。端的に言えば本作で描かれるのは様々な“愛”と“哀”だが、それは池辺葵氏が描き続けてきたものでもある。つまり、SFという新しいジャンルへの挑戦でありつつ、彼女らしさにあふれた一作なのだ。
なお、池辺葵氏の新連載『ブランチライン』(祥伝社)も傑作だ。こちらは現在、既刊2巻。合わせて楽しんでいただきたい。
『太陽よりも眩しい星』著:河原和音(集英社「別冊マーガレット」連載)
『先生!』や『青空エール』『素敵な彼氏』、『俺物語‼』(原作担当)など、ヒット作を連発してきた人気漫画家・河原和音氏。彼女の最新作『太陽よりも眩しい星』も安定感が抜群の快作だ。現在、既刊1巻と十分に追いつけるタイミングで、これまでの実績からみても映像化はほぼ確定と言っていいだろう。
別マといえば現在、ヒットメイカーの咲坂伊緒氏(『アオハライド』ほか)による新作『サクラ、サク。』や、原作:ひねくれ渡氏、作画:アルコ氏の『消えた初恋』(こちらもぜひ薦めたい。多様性という意味でもエポック・メイキングな作品だ)などの人気作が連載中だが、群雄割拠の中でもやはり本作は輝いている。
小学生のころからの幼なじみ・朔英(さえ)と光輝(こうき)。周りより背が高く、頑丈な朔英は、貧弱だった光輝を護る存在だった。だが、成長するにつれ光輝は身長が伸び、周囲からも「イケメン」と言われる人気者に。初恋の相手だった光輝への想いを打ち明けられないままの朔英だったが、中学最後の体育祭で距離が近づき、“無理めな初恋”にケリを付けようと誓う。そしてふたりは、同じ高校へと進学するのだが――。
恋愛をテーマにした少女漫画は歴史も長く、既視感を避けるのは至難の業。ただ、河原和音氏の真骨頂と言えるのはキャラクター造形の上手さ。朔英は背が大きいことがコンプレックスで、なかなか積極的になれない。一生懸命だが、自分が前に出ることに抵抗感があるキャラクターは、実に共感しやすいのではないか。対する光輝は爽やかで明るいキャラクターだが、実は人見知りで若干の赤面症。恥ずかしさからお互い名字で呼び合っているが、とっさに名前で呼んでしまい「一瞬今 俺 小学生になったー‼」と恥ずかしくて顔を覆うシーンなど、とかく微笑ましくてかわいらしい。読者が自然と登場人物を好きになってしまう、その持っていき方が絶妙なのだ。一度そうなってしまったら、王道展開もむしろ歓迎に変わるだろうし、朔英のモノローグも実に丁寧で好感が持てる。
ツンデレや「最初は嫌いだったけど好きになった」パターンではなく、どちらも長い付き合いの“いい人”であるという点が、『太陽よりも眩しい星』の大きな特長。第1巻は非常に気になる終わり方を見せており、続きが待ち遠しい。
まだまだあるおすすめ作品
今回は少年漫画2作(Webと紙)、少女漫画1作、それ以外2作の新作で選出した。文字数の都合で入れられなかったが、「平均年齢70歳の男女が織りなす、大人の恋と人生の物語」というキャッチコピーが目を引くオノ・ナツメ氏の新作『僕らが恋をしたのは』(講談社「Kiss」連載)は、今後メディアミックスの可能性も感じさせる意欲作。山奥で悠々自適な生活を送る4人の男性の前に、ミステリアスな女性がやってくる。彼女は何者なのか? 興味が緩やかに恋心へと変わっていく――という物語だ。
もう少し範囲を広げるなら『SAKAMOTO DAYS』『ウィッチウォッチ』『逃げ上手の若君』といった少年ジャンプ作品もオリジナリティが高くて面白く、巻数は3巻を越してしまうが週刊ヤングジャンプで連載中の『【推しの子】』(既刊6巻)は個人的に多くの人々に喧伝したいところ。壮大な歴史作品『チ。ー地球の運動についてー』(小学館「ビッグコミックスピリッツ」連載、既刊6巻)も鮮烈だ。コミック発売前だが、少年ジャンプ+の『株式会社マジルミエ』も完成度が高い。
今回挙げた作品群は既に漫画好きの間で人気を集めているものも多く、コアな作品を掘っていけばまだまだ良作・傑作に多数出合えることだろう。2022年はどんな漫画が世をにぎわせるのか、あわせて追いかけていきたい。
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