「地下芸人の帝国」が興隆した2021年――そして揺るがぬ東京西部の地底
#芸人
地下芸人を目撃したくば東京の西に向かえ
ここであらためて押さえておきたいのが、地下芸人の存在を声高に広めたマヂカルラブリーやランジャタイが、今や地下芸人ではないという事実だ。
これは極めて当たり前のことでもある。なぜなら地下芸人は、実力が足りず地下に潜んで根を生やしてるわけだから、われわれがメディアで見かけることはないし、もし視界に入ったのであれば、その時点で純正の地下芸人ではないからだ。つまり、2021年にお笑い界で起こったことは、正確に言えば「元・地下芸人の台頭」だった。
一方で先日取材したトム・ブラウン布川は「地下とは呼べない地下芸人が増えている」(太田出版「芸人雑誌vol.5」)と語っていた。デビューして築の浅い芸人が「地下芸人」の響きに鉱脈を感じて、インディーズライブに数回参加しただけで自称しているのだろう。これからはそうした芸人を、地下なのか半地下なのか、きびしく見極めていく必要がある。簡単に目視できない本当の地下芸人は、格上げなのか格下げなのかはさておき、今後「地底芸人」として一線を画すといいかもしれない。
彼らを目撃する確実な手段は、劇場に向かうことだ。その劇場はどこにあるのか。答えは、西である。といっても関西ではない。東京西部だ。
近年、インディーズ系芸人がよくライブを打つ劇場として、株式会社バイタスが新宿を根城に展開する「バティオス」「ハイジアV-1」(通称「バイタスグループ」)や、K-PROが立ち上げた「西新宿ナルゲキ」などがある。トム・ブラウンみちおは、これらを地下ライブの劇場とはとらえず、前者をメゾネット、後者を光が差し込む戸建て3階にたとえていた。ちなみに私が前半で書いた、00年代、印象に残った3つのライブが行われていたのも、「劇場バイタス」「ロフトプラスワン」「新宿Fu-」と、どれも新宿の劇場やライブハウスである。新宿の劇場はまだ地底には達していないのだ。
そうした会場では、お笑いライブの告知チラシが配られ、そこには聞いたことのない芸人の名前がひしめいていた。会場として記されているのは、「中野ハルコロホール」「東高円寺ロサンゼルスクラブ」「阿佐谷地域区民センター3階第1和室」など、揃って新宿よりも西にある耳慣れない施設だ。中野ハルコロホールに至っては、手書きの地図が描かれ、会場を指す矢印の横に「民家です」の説明が添えられていた。これは圧倒的な記憶の改竄だが、オードリーが春日の住む阿佐ヶ谷のアパートで開催していた『小声トーク』のチラシすら見た気がしてくる。
ありがたいことに今もその文化は健在で、「中野シアターかざあな」(新井薬師前)「阿佐ヶ谷アートスペースプロット」「しもきたドーン」「シアターミネルヴァ」(下北沢)などでは、「この芸人たちは誰だ? というか本当にこんなライブあるのか?」と都市伝説と相対するような気持ちを抱かせてくれるライブが、しめやかに行われている。新宿の一画や池袋にも同系統の劇場と興行があるが、東京西部の地盤の固さは並々ならない。
最近、賞レースが終わればSNSからネットメディアまで感想戦がむせ返って、「高みの光景をエモく語る」行為が一般化してきた。だが、お笑いの醍醐味は「低みの光景を面白く語る」にあると私は信じている。世界で新型エネルギーが求められる2022年、日本のお笑い界でも地熱が高まることを願ってやまない。
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