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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 『ただ悪より救いたまえ』007より面白い
稲田豊史の「さよならシネマ 〜この映画のココだけ言いたい」

『ただ悪より救いたまえ』――「007より面白い」という贅沢

『ただ悪より救いたまえ』――「007より面白い」という贅沢の画像1
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 奮発して泊まった高級ホテルの創作ビストロより、翌日に通りすがりで入った町中華のチンジャオロース丼のほうが、ぶっちゃけ胃が満足した――ということが(筆者は)ままあるが、つい最近それを映画で体験した。贅の限りを尽くした世界的スパイ映画シリーズの最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(NTTD)』より、製作予算も公開館数もそれよりずっと小規模の韓国バイオレンス・アクション『ただ悪より救いたまえ』のほうが、エンタメとして格段に満足したのだ。

 比べるような作品同士でないことは、わかっている。ジャンルも相手にしている客もまるで違う。前者は007ファン、ボンド役のダニエル・クレイグファン、そして広くアクション映画好きが、年に一度に盛り上がるお祭りムービー。後者は「『チェイサー』と『哀しき獣』の脚本家ホン・ウォンチャンの監督・脚本作」「『新しき世界』のファン・ジョンミンとイ・ジョンジェが7年ぶりにタッグ」といったキャッチコピーに反応する韓国映画クラスタに向けた、ガチの韓国ノワールだ。

 しかし、思わず比べたくなるほど、二作には共通の要素が目立った。

 まず、二作とも主人公が元”国家の犬”である。『007 NTTD』のジェームズ・ボンドは英国情報部(MI6)の元エージェント、『ただ悪より救いたまえ』のインナム(ファン・ジョンミン)はかつて韓国国家情報院に所属し、現在は訳あって殺し屋業を営んでいる男だ。

 さらに、二作とも主人公に“昔の女”とのしがらみがあり、それが物語の発端となる。“昔の女”との間に、主人公が父であることを知らない娘がいるのも同じ。

 主人公と対決する敵の行動原理が「個人的な復讐」なのも二作共通。『007 NTTD』のサフィン(ラミ・マレック)は、ボンドの“昔の女”であるマドレーヌ(レア・セドゥ)の父親に、かつて家族を殺された過去がある。一方『ただ悪より救いたまえ』のレイ(イ・ジョンジェ)は、兄である暴力団支部長をインナムに殺された(ただしインナムは依頼を受けて殺しただけ)。サフィンもレイも「権力掌握」や「世界征服」を第一義の目的とはしてはいない。

 ミッションの途上で知り合う女、いわゆるボンドガール(的なポジションの人物)も二作ともに登場する。『007 NTTD』ではキューバでボンドを支援するお茶目な新人CIAエージェント、パロマ(アナ・デ・アルマス)。『ただ悪より救いたまえ』では、トランスジェンダーのユイ(パク・ジョンミン)がタイでの現地通訳として雇われ、インナムをサポートする。

 で、結論から言えば、インナムはボンドの100倍侠気(おとこぎ)にあふれ、レイはサフィンの1000倍悪役として魅力的で、ユイはパルマの1万倍“人間”が描かれていた。……などと言うと、「エンタメにそんなのはどうでもいいんだよ、大作感があれば」と反論する向きもあるかもしれない。

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