ZARDが確立した“ビーイング・サウンド”と、積み重ねた実験の軌跡
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変化するZARD(2):ZARD × R&Bという壮大な実験
2000年前後以降のZARDは、徳永暁人や古井弘人(GARNET CROW)に加え、同時期に倉木麻衣で多数のヒットを放つ大野愛果などとの仕事が増えてゆく。こうした新しい顔ぶれと共に、ZARDというプロジェクトは、「いかに爽やかなポップロックのアーティストイメージと付き合いながら、かつ新機軸を織り込んでいくか」という命題に取り組んでいくことになる。
この時期に国内で起こったR&Bの台頭に対し、ZARDからの回答と呼べる楽曲が「痛いくらい君があふれているよ」(‘99年10月)だ。この曲はZARD史上で唯一、Aメロに当たる箇所が全編坂井のラップで占められた楽曲である。それゆえ、どうしてもそのラップ歌唱に注目が集まりがちだが、シオジリケンジによる深いリバーブの効いたニューエイジ風味のトラックも、ZARDのアーティストイメージを踏まえた試行錯誤の産物と捉えると非常に興味深いものがある。
翌年のシングル「Get U’re Dream」(‘00年9月)では、異なるアレンジャーを起用した3パターンのアレンジが収録されている。ワウギターが冴えるオリジナル(編曲:葉山たけし)、ビッグビートを思わせる「Version Two」(編曲:徳永)も素晴らしいが、白眉はYOKO Black.Stoneによる「Version Three」だろう。ティンバランド以降を思わせる細かなハイハットやキックが光るAメロに、アーリー90’sマナーな表拍八分のシンセバッキングを持つハウス調のサビ……というアレンジは、ZARDとしては非常に斬新なものだ。
ZARDは、1曲を完成させるまでに最大で数十もの編曲パターンを用意すると言われており、「Don’t you see!」(‘97年1月) には、実際に複数のバージョンを合体させて1曲に仕上げた、という逸話もあるほどだが、「Get U’re Dream」はそうした制作スタイルの一端がうかがえる名シングルである。
R&Bという観点では、初期倉木麻衣の大ヒットシングル群の編曲を担った、ボストンのサウンドチーム・Cybersoundと唯一組んだ楽曲「promised you」(‘00年11月)を忘れてはいけない。マイケル・アフリックのコーラスを全面的にフィーチャーした、同時代の典型的なR&Bミディアムバラード調の編曲が楽しめる逸品だ。
なお、この時期の楽曲を収録したアルバム『時間の翼』(‘01年2月)は、ZARDのオリジナルアルバムで唯一、廃盤を経験した作品としても知られている。先述の通り、ヒップホップやR&Bの台頭に合わせた楽曲に多数トライしたものの、坂井およびプロデューサーの長戸氏の双方にとって不満の残る仕上がりとなったから……というのがその理由とされており、現在(2021年12月時点)のサブスク環境では楽曲を再アレンジしたリイシュー盤のみが聴ける状況だ。発売当時のバージョンから大きくアレンジが変更された楽曲も多く、興味がある方はぜひオリジナル盤も入手し、比較して楽しんでみてほしい。
ZARDの変遷 ≒ ビーイング・サウンドの歴史
冒頭で記したように、ZARDは初期のシングル群で90年代のビーイングの“型”を生み出した。そして、その後は積極的にそこからの脱皮・進化を目指していたという一面があったことを、ここまでを通じて知っていただけたのではないかと思う。見方を変えれば、キャリアを通じてビーイングのメイン作編曲家が結集した、この「ZARD」というプロジェクトの変遷そのものが、ビーイングという音楽ファクトリーがどのように時代を渡り歩いてきたかという記録になっているとも言えよう。
そして、音楽的な変化を続けていたZARDを一貫してZARDたらしめていたものが何だったかと言えば、それは坂井のボーカルであり、キャリア最初期に培われた彼女の強固なアーティストイメージなのだろう。いかに冒険的で攻めたアレンジが施されようとも、彼女の透き通ったハイトーンと、(93-96年のポカリスエットのタイアップ等に代表される)“爽やか”な印象は、楽曲そのもののキャラクターを何度となく上書きしていった。
本連載はアレンジの観点から音楽家を語ることに主眼を置いているが、今回のZARDほど、いわゆる“アーティスト・パワー”(≒カリスマ性)に圧倒されたのは初めてのことである。2007年の坂井の逝去が改めて悔やまれるが、彼女が遺した幾多の作品が、今後もさまざまな視座から楽しまれていくことを願ってやまない。
音楽家を“グルーヴ”やアレンジの観点から語る本連載。元々は今回を最終回とする短期連載の予定だったが、大変ありがたいことに今回を「ビーイング編」の最終回とし、今後もさまざまな音楽家を取り上げていくことが決定した。ここまでの4本の記事を楽しんで頂いた全ての読者の方に、この場をお借りして感謝を申し上げたい。
次回(来年1月中旬)は、90年代に社会現象を巻き起こした、とあるロックバンドの“オルタナティヴ”なサウンドについて検証する予定だ。
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こちらのSpotifyプレイリストでは、今回取り上げたものも含め、ZARDの“グルーヴ”を感じさせる楽曲をまとめているので、ぜひ合わせて参照いただきたい。
<本連載の過去記事はコチラ>
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