倉科カナに止まないほどの拍手喝采 シアタークリエ『ガラスの動物園』で名演絶賛
#倉科カナ
普遍的な家族の物語 作者自身の人生を反映
劇中、特別すごい事件が起きる訳でもない。主人公のトムは単調な日々から冒険に出ることを夢見るが劇中、冒険は出てこない。どこの家庭でも起こり得る日々の喜びや悲しみを綴っただけのストーリーだが、日本でも50年の初演以降、幾つもの劇団が取り上げてきた。米国では劇場で演じられるだけでなく、何度か映画化されている。
筆者は、1973年にテレビ向けドラマ映画として制作され、エミー賞を受賞した『ガラスの動物園』を最初に見た。母親のアマンダを演じた名優、キャサリン・ヘプバーンの怪演ぶりが今も強烈に印象に残っている。主人公のトムはその後、長寿連続テレビドラマ『ロー&オーダー」』1990~2010)の主人公として有名になる、サム・ウォーターストンが演じていた。87年の映画版はポール・ニューマンが監督を務め、主人公のトムをジョン・マルコビッチが演じている。
同作は作者、テネシー・ウィリアムズの自伝的作品として知られる。主人公のトムがテネシーで、劇中の姉ローラは、実在の姉ローズをモデルにしていると言われる。
1911年に南部ミシシッピ州コロンバスに生まれたテネシー・ウィリアムズの本名はトマス・レイニア・ウィリアムズで『ガラスの動物園』の主人公同様にトムと呼ばれた。さらに20の時に靴会社に勤めたが、単調な生活から抜け出したい一心で毎夜、タイプライターに向かい、小説や戯曲を書き続けたという。ちなみにペンネームのテネシーは、南部なまりから転居先のセントルイスで学友から付けられた。
2歳違いの姉のローズとの仲は良かったが、姉は精神疾患を悪化させ、父親によって、37年、脳葉切除手術(ロボトミー)を受けさせられて以後、廃人同様になる。ウィリアムズは姉を救えなかった自責の念に苦しむが『ガラスの動物園』、そして、その後の『欲望という名の電車』で揺るぎない劇作家としての地位を築き、富と名声を手にすると、姉を最高級のサナトリウムに移し、生涯面倒を見た。ウィリアムズ自身は過度のアルコールとドラッグ使用で83年に死去するが、遺言で遺産を姉の最後を看取るまで使うよう言い残した。姉のローズは13年後の96年に死去する。
作品に託した姉への思い 真の主人公は姉のローラ
姉のローズが人間としての喜怒哀楽を失った37年のロボトミー手術の7年後の44年に書かれた『ガラスの動物園』で、テネシーは救えなかったローズへの思いをローラに託したともいわれる。
内気で引っ込み思案で人と接するのが苦手なローラ。自身がコレクションにするガラス細工の動物のように脆く、壊れやすいローラ。繊細過ぎて現実に対応できないローラ。
実はこの戯曲の主人公は物語の語り手のトムではなく、姉のローラなのかもしれないと観ているうちに感じだ。その難しい役どころを倉科がもの悲しく演じた。
悲しい結末の物語はローラがろうそくの火を吹き消すところで終わる。倉科がろうそくを吹き消すと、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こり、しばらくの間止まなかった。
初演から77年の歳月を経ても繰り返し演じられる『ガラスの動物園』。舞台となった大恐慌が尾を引き、先行きが見えなかった37年の米セントルイスと、コロナウィルス感染拡大とデフレで先行きが見えない今の日本にはどこか、似通ったところがあるのかもしれない。
先行きが見えなくとも、厳しい現実に押しつぶされになりながらも日々を生きていかなくてはならない今の日本と、大恐慌下の、陽気でない、暗い時代のアメリカが知らず知らずのうちに重なっていた。
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