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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 『ディア・ドクター』人の心を描く西川美和作品
キネマのスタアたち27話

『ディア・ドクター』善と悪の二元論で捉えきれない人の心を描く西川美和作品

人間の世界は複雑で、善悪だけではないことを問いかける

 後ろ姿のカットといえばもう1つ、八千草薫さん演じる鳥飼かづ子さんの重要な場面が印象的。夫に先立たれ、娘達も家を出て、まだ家族で過ごしていた面影の残る家に一人暮らしをするかづ子は、自分の体調に嫌な予感を感じます。伊野先生の診察を受けたかづ子は、「娘達には秘密にしてほしい」と伊野先生にお願いするのです。このかづ子と約束を交わす場面は、伊野先生の心の変化を起こす重要な場面なのですが、かづ子の言葉は後ろ姿で語られていくのです。台所で家族への想いを話し出すその少し丸まった小さな後ろ姿に、長年そこに立ち家族を養ってきたであろうかづ子の背景を感じるのは、きっと正面の画では感じられない奥行き。余談ですが、この時かづ子が「くたびれちゃった」という言葉を口にするのですが、以前亡くなった祖母が病院でこの言葉を言っていたのを思い出して。西川監督の言葉のセンスにぐっとくるものがありました。

 映画のポスターには、こんな言葉が書かれています。”その嘘は、罪ですか。”果たして伊野先生のついた嘘は、罪なのでしょうか。

 人間〝嘘〟に傷付くこともあれば、救われることだってある。この映画のラストシーンは、病室で見せるかづ子の可愛らしい笑顔。このかづ子の笑顔を見て、時として〝嘘〟は、その心に真意があれば、相手の心に寄り添えるのではないかなぁと。結局人を救うのは、高度な医療技術や環境ではなく、寄り添ってくれる相手が傍にいてくれることなんじゃないかなぁと考えさせられました。

 嘘の善悪は、第三者が決めつけられることではないのかもしれません。しかし一方で、人を救う嘘だとしても、そこには他の感情が入り混じっているかもしれない。人を救う嘘は、優しさとも捉えられますが、優しさと言える行為自体、本当のところどこからきているのかわからないなぁなんてこの作品を見ていると思えてきて、そんなことを考え出すと、何だか恐ろしくもなりました。

 伊野先生の患者への優しさは本当にあったのかもしれないし、そこに救われた人はきっと大勢いるけれど、その優しさは、いつも伊野先生が持っているペンライトの持ち主・父への憧れからきていたものでもあり。そこには、劣等感、虚栄心、後ろめたさ……さまざまな感情が入り混じっているものだったかもしれません。きっと誰しも心当たりのあることで、人や、人の感情を、〝善悪〟とか〝裏表〟とか〝光と影〟とか、そういう言葉で分別できるものではないのだ、と考えさせられます。この複雑な人の心情を丁寧に描いている西川監督作品、この人間臭さこそ最大の魅力です。

 私がしている仕事も、言ってしまえば〝嘘〟をついて、その〝嘘〟を見てもらうお仕事。〝嘘〟を真意だと思って届ければ、観ている視聴者の心に響くものになる。私自身、映画や演劇ドラマの〝嘘〟の世界に何度も心動かされ、救われ、そしてその〝嘘〟の世界に憧れてこの世界に入った1人です。よくよく考えてみれば、不思議なお仕事ですけれど、この作品が伝えたいことと、〝演じる〟ということや〝映画演劇ドラマ〟には、共通点があるんじゃないかなぁなんて思いました。

 高齢者ばかりの過疎地の医療問題、医療の質の問題、都会と田舎に分断された家族の問題、高齢化……等、問題提起されているものは沢山ありますが、人と人が寄り添うということ、それはどんな技術よりも人を潤す力があるのだと感じられる作品。そして、人間の善悪ははっきり分別できるものではなく、多面であるのが人間だと、西川監督は映画という〝嘘〟のフィルターを通して、視聴者に寄り添ってくれています。

 今回は西川監督一ファンとして、魅力を語らせて頂きました。きっとあなたも、その〝嘘〟に救われるはず。是非ご覧ください。

宮下かな子(俳優)

1995年7月14日、福島県生まれ。舞台『転校生』オーディションで抜擢され、その後も映画『ブレイブ -群青戦記-』(東宝)やドラマ『最愛』(TBS)、日本民放連盟賞ドラマ『チャンネルはそのまま!』(HTB)などに出演。現在「SOMPOケア」、「ソニー銀行」、「雪印メグミルク プルーンFe」、「コーエーテクモゲームス 三國志 覇道 」のCMに出演中。趣味は読書、イラストを描くこと。Twitter〈@miyashitakanako〉Instagram〈miya_kanako〉

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【アミューズWEBサイト公式プロフィール】

みやしたかなこ

最終更新:2023/02/22 11:34
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