HBO『スポーツ国家の不条理』米国スポーツ界の根底にあるマイノリティの劣悪な環境
#アメリカ
HBO制作の『スポーツ国家の不条理』は世界に名だたるスポーツ国家・アメリカのスポーツ業界に渦巻く、さまざまな問題にまつわる全4話のドキュメントだ。
1980年代後半のメリーランド州グレナーデンではクラックコカインの流行により治安が悪化、若者の犯罪率が急上昇した。午後10時以降の犯罪率が高いことから、若者を犯罪から遠ざけるための取り組みを始める。それが「真夜中のバスケットボール」リーグ(MBL)だ。
真夜中、路上にたむろする若者をコートに連れて行きバスケをさせる。それだけではない。読み書きのための勉強や履歴書の書き方を教えて、麻薬と犯罪から若者らを救い出す。
民間から始まったこのプログラムは当時の大統領、ジョージ・H・W・ブッシュによって絶賛され政府による支援を得て、NBAブルズの地元シカゴにも広まってゆく。活躍すればNBA選手にだってなれるかもしれない!
MBLは犯罪から若者を遠ざけるだけでなく、スポーツとして洗練されてゆくようになると9年後には44都市に広まり、これを全米に拡大しようと考え後の大統領ビル・クリントンに接触。クリントンは深刻化する犯罪率に対抗するための「犯罪法案」の一部に、MBLを取り込もうとする。
「銃撃よりもシュートを打とう」
しかしMBLを含むプログラムは共和党によって猛反発を食らう。共和党のブッシュ大統領が取り組んでいたプログラムなのに!共和党議員はMBLを「ばら撒き政策」と呼んで批判する。
「そんな金があったら36万人の犯罪者を刑務所に入れられる」「必要なのは犯罪者に懲役を、市民に安全を与えることです」
ばら撒きって、MBLに使われる予算は、犯罪法案の予算330億ドルのうち3000万ドルに過ぎない。共和党が攻撃の材料に使ったのはMBLの選手になる若者たちの多くが、低所得者層の黒人だという部分。MBLは黒人の問題であって全米の問題ではない、と。
黒人に必要なのは監視、懲役であって復帰するためのプログラムじゃないんだと。法案は採用されたが形骸化され、MBLは崩壊。犯罪法案の予算のほとんどは民間刑務所の設立に消え、MBLによって救われるはずの若者は刑務所の中に放り込まれた。MBLの創立者、ヴァン・スタディファーの息子は語る。
「本当に助けを必要としている若者のことを政府は考えてない。利益を得るためには人を勾留するのです」
アメリカスポーツ界で出世する一番の近道は高校で活躍し、奨学金を得て大学でも名を残し、プロのスカウトを受けることだ。元NCAA(全米大学体育協会)所属のバスケ選手だったカイル・アレンもその道にならい、高校でシーズン得点王となり2万5485ドルの奨学金を受けて進学。
大学では毎日5時に起きて6時に自宅を出る。7時出発の練習バスに間に合うために。朝の練習は10時半に終了。そこから学校に行って、10時50分から午後2時まで授業を受ける。授業後は娯楽か筋トレ、4時から7時までまた練習。
授業に出ないといけないのは「学生の本分は勉強」ってことなんだろうが、それは建前。あるアメフト選手はコーチから「学業のための奨学金じゃないぞ」と毎日囁かれるという。スポーツ奨学金を受けている以上、スポーツで成績を出さなければならない。
朝から晩までスポーツ漬けにされた学生の卒業率は55%。大学とコーチは選手たちをがんじがらめにして、なんの保障も与えないのに年に何億ドルも稼ぐ。ケガをしても補償なんかロクにされない。ケガでスポーツから去った元選手は後遺症に悩まされ、医療費を自分で払い続ける。使えない選手はコーチらがあの手この手で退学か転校に追い込む。次に「使える選手」のための奨学金を使いたいからだ。スポーツで名を成すことを夢見る若者の血を吸って、巨大化する大学スポーツ。
NCAAは選手を従業員でもない「スポーツ学生」という地位にして不安定な立場に置く。意見なんて言えない。「嫌ならやめろ」の一言だ。
カイルは奨学金を取り消され大学から去る。学歴もない彼が就いた仕事は、ギグエコノミー。ウーバーイーツのような配送業で、朝から晩まで働いても稼げない。年商10億ドルの会社をささえているのに。従業員としての権利はないから意見も言えない。これじゃNCAAに居た時と変わらない。
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