トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 創作物と現実から同性愛を説く『彼女が好きなものは』

映画『彼女が好きなものは』「創作物」と「現実」の両面から同性愛を説いた理由

原作からタイトルが変わった理由

映画『彼女が好きなものは』「創作物」と「現実」の両面から同性愛を説いた理由の画像3
C)2021「彼女が好きなものは」製作委員会

 本作の原作のタイトルは『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』で、同性愛者への侮辱を含む「ホモ」という言葉がはっきりと使われおり、今回の映画でも主人公は自身がホモであると卑下するかのように心の中でつぶやいている。

 BLを好むだけで腐るとまで言われる「腐女子」もまた、自嘲的かつ侮蔑的な呼び名だ。決して同じではないが、世間からは侮蔑や偏見の目を向かれるこの2者がお互いの悩み、いや価値観、さらに「世界」を知る過程には、言葉にならないほどの感動があった。つまり、あえて「ホモ」「腐女子」という酷い呼び名を使っていることが、物語上も大きな意味を与えているのだ。

 そして、映画版で『彼女が好きなものは』へとタイトルが変わった理由について、草野翔吾監督は元々は変えたくはないと考えてはいたものの、「原作者の浅原ナオトさんの強い意志が込められたタイトルに僕がフリーライドするようなことはおこがましい」「主人公の純の言葉の述語に当たるタイトルの後半部分をあえて明言しないことが、透明な壁の向こう側にいるような純の気持ちにふさわしい」「主役であるにもかかわらず、純がピンボケになっている映画のティザービジュアルと同じように、見えているのに見えないようにされていることを描いたこの映画の本質を表しているような気がした」と語っている。

映画『彼女が好きなものは』「創作物」と「現実」の両面から同性愛を説いた理由の画像4
C)2021「彼女が好きなものは」製作委員会

 つまり、商業上の理由で侮蔑的なホモという言葉を削ったのではなく、内容にも見合うタイトルにもしたい意向があったのだ。さらに草野監督は「(浅原ナオトのコメントにもあったように)原作も映画も、同性愛についての話ではなくて、同性愛者についての話」とあるとも語っており、そこには「同性愛者の世界にまったく触れてこなかった、触れているのに気づいてこなかった人たちにこそ扉を開いて、それを知るきっかけになれたらいい」という気持ちも込められているそうだ。この言葉通り、映画を観終えれば「ホモ」「腐女子」と呼ばれていた(本人も自重気味に語っていたであろう)人たちへの理解が、きっと深まるだろう。

1234
ページ上部へ戻る

配給映画