松田優作と藤谷美和子が指1つ触れず甘美な関係を魅せる森田芳光監督『それから』
#松田優作 #藤谷美和子
絶妙な美術演出で感情を魅せる美しさ
まず、はじめに登場するのは、先程も例にあげた回想シーン。ここでは〝純潔〟の意味。ひとつの傘に身を寄せる2人の真ん中に百合が配置され、その香りを感じる代助と三千代。お互いに想いを伝えられず、関係性を持っていないことを示しているのではないかと。
2度目の百合の登場は、三千代が代助のもとを訪問してきて、昔お互いが惹かれ合っていた頃の話をするシーン。ここでは花本来の持つ、セクシャルな意味合いを示しているよう。この場面は特に焦ったさが際立つ場面でもあるのですが、「あなた、この花お嫌い?」と、机に花束を置こうとする三千代から、突然代助は奪い取り、もと生けてあった花を庭先へ放ると、百合が包まれていた白い包装紙を剥ぎ取り、花だけをその花瓶に浮かばせます。これが何だか、花そのものを三千代として扱っているようにも見え、この場面で2人の心の隙間が埋められていくように感じるのです。
そして3つめは、2人が長年の想いを吐露し、共に生きることを決意する長回しシーン。ここでは〝天国の花〟として、2人にとっての光としての意味合いかと。向き合って座る2人の間に飾られる白い百合の花、これは代助が買ってきたもの。この先苦労するであろう2人の決断ですが、ずっと罰を受けていると話す代助と、自分に復讐するための常次郎と結婚したと話す三千代。そう語る2人にとって、この決断は光なのではないかと。
2人の想いを繋ぐ白い百合の花。触れ合うシーンがないからこそ、この花を使って空間を作り出し、そして花本来の持つ異なる意味合いが、2人の関係性を示す役割になっているのではないでしょうか。
このように、役者によっての表現をあえて削ぎ落とし、美術でその感情を表しているのが今作の見どころ。百合のほかにも、照明の演出のこだわり等工夫はさまざま。障子にうつる光と影、その色合い。雨に濡れたアスファルトに反射する街灯の光。背中の輪郭が光輪に包まれているような演出。帽子を被った人影だけ映され、声のみ聴こえてくる演出等々。視覚的に美しいと感じるアート性も勿論ありつつ、加えてそのカットにうつる役の心理描写にもぴたりと当てはまる見せ方に惚れ惚れさせられます。
役者の静の芝居と、役の感情に寄り添った美術演出で魅せた『それから』。役者が自然体に近いからこそ、真っ直ぐに想いを伝えられない焦ったさや曖昧な感情が現実感を持って感情移入でき、その役に寄り添って緻密に作られた小道具や照明で作り出された世界観は、溜息が出るほどの美しい。電車の中で花火をする謎の演出であったり、万華鏡のように何重に重なって見える主人公の姿であったり、森田監督ワールドもしっかりと残しているのも見逃せません。是非この出会いを機に、ご覧ください。
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