西郷隆盛の“不思議ちゃん”な行動の意図──「まだ戦が足りん!」発言や突然の渋沢邸訪問にあった真意とは
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渋沢からは「ウツケ」とまで…不可思議な言動を取ることもしばしばだった西郷
彼はもともと自分の好悪の感情に大きく左右される生き方の人物でした。また、本能型あるいはインスピレーション重視型で、不可思議な言動を取ることもしばしばでした。
『青天~』の西郷の「まだ戦が足りん!」発言については、井上馨がすんなり「廃藩をやれと言うとるんじゃ」などと西郷の意図を渋沢たちに説明していましたが、実際はもっと現場を混乱させています。
渋沢栄一が息子の秀雄に語った内容(『父 渋沢栄一』実業之日本社)によると、明治4年6月、欠席がちだった西郷がやっと会議に出てくれることになり、重大な議題だった「君主権と政府権の区別」について審議することになったのですが、遅刻して「ヌーっとはいってきた」西郷はいきなり「まだ戦争な足り申さん」と、まったく場違いなことを言い出したのでした。これに渋沢などは「西郷はウツケ」と感じたとさえ言っています。
この「戦争が足りん」発言を受けて、木戸孝允が“西郷さんは何の会議かもわからずに来たのだな”と気を回し、説明を最初からし直したのですが、西郷は「いや、話の筋はわかってい申すが、そぎゃんこと何の必要なごわすか? まだ戦争な足り申さん。も少し戦争せななり申さん」などと、“戦争が足りない”の一点張りで2~3時間も空費し、会議は「流会になってしまった」そうです。
その後、渋沢は井上馨から、例の西郷発言が意味するところは“不平藩士が廃藩置県に怒って戦争を始めるだろうから、政府としてもそれを迎え撃たねばならない。君主権とかいう議論はその後にすべき話題だろう”という解釈を聞き、やっと納得できたそうです。
文脈をいっさい読まず、謎めいた言動をして、周囲に自分の真意を判断させる……そんなまるで預言者のように振る舞うことを西郷は好みました。
先週の内容でも、西郷が突然、渋沢宅を訪ねてきて酒を飲み交わすシーンが描かれましたが、あれも『父 渋沢栄一』に出てくる逸話をベースとしています。明治5年の「ある一日」、当時、神田小川町に暮らしていた渋沢のもとに西郷が訪ねてきて、(ドラマでも以前に描かれたように)京都で豚鍋を一緒に食べて以来の会食をすることになったそうです。
この時の西郷の用件は、二宮尊徳(いわゆる二宮金次郎)が「旧相馬藩」に残した「興国安民法」なる制度が廃藩置県で消え去るのが惜しいと陳情を受けたので、なんとかしてくれということでした。しかし渋沢がその法の内容について聞くと、西郷は「知らない」と一言。逆に渋沢が説明せねばならず、13歳も年下の渋沢から西郷は「あなたは本当に参議という政府の重職を務めているといえるのですか?」と “皮肉”を言われてしまったそうです。
もっとも、史実の渋沢はドラマで見る以上に理詰めの能弁家ですから、こういう対応しかできず、それゆえ西郷から本音を引き出せなかったように筆者には思えてなりません。
俗っぽい表現をすると、西郷は“不思議ちゃん”なのです。そして、その言動にまつわる不可思議な空気の中に、本人すら意識していない真実が隠されていたりするのです。この時も、実際の西郷の訪問目的は別にあったのかもしれません。西郷は渋沢に「オイドンは今日何しにき申したかな?」などと笑いながら帰っていったようですが、本音を打ち明けられず、おどけてしまったのではないでしょうか。西郷がこの時すでに心身症からくると思われる激しい胸の痛みに人知れず苦しんでいた事実を考えると、ただおおらかでノンキな人だったわけではないことがわかります。
近代政府における役人としてのポテンシャルは微妙かもしれませんが、西郷は妙に高い人望の持ち主ではありました。この時の訪問が、職務に病み、疲れた西郷が、大蔵省の重要人物に出世していた渋沢を見込んで相談しにきたものだったとしたら、そして彼の真意を渋沢が見抜けていたのなら、その後の西郷の新政府辞職、そして「西南戦争」の勃発の悲劇なども防げたのかもしれません。
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