『晩春』小津安二郎の” 嘘を美しく魅せる表現技法が圧巻! 何気ない風景の連続から読み取る物語
#小津安二郎
日常的な風景から視聴者に訴える
この映画は、景色だけのカットだったり、登場人物が無言のカットが多く存在します。淡々と穏やかに映し出される風景、日常を感じさせる洗濯物や家の様子。そこに、緩やかに流れる音楽。小津監督によって緻密に計算されて差し込まれたカットであるのに、その意図は全く感じさせず、不思議と心地良さがある。そして、言葉を超えて訴えかけてくるものの強さがある。この圧倒的な表現方法は小津監督ならではだと思います。
人物の撮り方にしても、背中から映し出している場面も多い。
例えば、父と紀子が向かい合ってご飯を食べている場面、横から撮るようなカットはなくどちらかの背中から撮影することによって、日常の様子を切り取ったように感じられたりします。洗濯物や誰もいない家の中のカットにしても、その様子は生きて日常を送ってきたこれまでの人生で、きっと誰もが見たことがあって、感じたことのある感覚があるのではないでしょうか。〝あたたかくて、いい匂い〟〝ひんやりしていて静かで寂しいけど、木の匂いがして懐かしい感じ〟など。だから小津監督の映し出す日常の風景は、ただの風景ではなく視聴者の心を動かす意味のあるカットなのだと思います。
また、日常の切り取ったように見せる効果ではなく、人物の心情をより感じられるように背中から撮っている場面もあります。例えば、結婚を決意した紀子を背中から撮影している場面。父と離れる寂しさや、気持ちよく受け入れたわけではない心苦しさが背中から感じられ、正面から表情を捉えるよりも効果的な演出だと感じました。紀子を嫁に出し1人になった寂しい家の中でりんごを手に項垂れる父の姿のラストシーンも後ろから映されていて、もうその背中に胸がいっぱいになります。
小津監督が大事にされているのはきっと、その空間を流れる空気感。人物に寄って、表情の変化から心理描写を見せるというよりも、その空間全体から感じられる空気感を映し出しているんだと思います。
映画にはさまざまな物語があります。アクション、サスペンス、ラブストーリー、どんでん返しのストーリー。そして今の時代、映画は何だって出来る。カラーも付いているし、CGで加工も可能である。それでも、小津監督が描くこの人間の営みを描いた優しい世界が、私はたまらなく恋しくなるのです。
ちょうど20歳の時に初めて観たこの作品。現在26歳になり、紀子の年齢とそう変わらなくなっていることに驚きもありました。結婚観への意識の変化もあり、6年の間でもかなり感じるものが異なります。今後結婚したら……子供が産まれたら……そして自分が送り出す立場になったら……またこの作品を鑑賞して感じるものに変化があるはず。何度でも観たくなる不朽の名作。やっぱり小津監督ってスゴイ!!! 秋の夜長のお供に、是非小津ワールドの扉を叩いてみるのは如何でしょう。
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