『Shall We Dance?』町のダンス教室が凡庸な毎日に希望に満ちた変化を予感させる装置に
#役所広司
車窓から見える“ダンス教室”を希望の扉として見せる演出術
主人公は、毎日規則正しく生活を送り、家と会社を行き来する生活のサラリーマン杉山。その姿に活気はなく、いつも首をうなだれてため息混じりにトボトボ歩いている。そんな杉山は、通勤電車から何気なく外を眺めていた時、途中停車駅から見えるビルの窓際に、美しい女性が佇む姿を目撃します。
そこに物悲しげに佇んでいたのは、草刈民代さん演じるヒロイン岸川舞。草刈さんはこの作品で女優デビュー。ダンスシーンに限らず、ただ立っている姿であってもダンス経験者にしか出せない雰囲気ってあると思いますが、草刈さんはやはり別格。積み上げてきたプロポーション、首筋のライン、手先にまで神経が行き届いていて、颯爽と歩く姿はプロのバレリーナにしか出せない風格があります。その凛とした佇まいは、まさに高嶺の花です。
そんな彼女をいつも通勤電車の中から見ていた杉山。彼女が佇む窓には〝岸川ダンス教室 見学自由 入会随時〟の文字。舞とダンスに興味を抱いた杉山はある時、その途中駅に停車した電車から思い切って飛び出すと彼女のいるビルへと向かい、扉を開くのです。
杉山がギリギリに電車から降りるこのシーン、私は本当に大好き! 毎日同じ時間に電車に乗って、同じ道のりを通って往復する日々の中でも、少し飛び出してみたら全く未知なる景色が広がっているもので、きっと新しい感情が湧き出てきます。
途中駅って、降りようという意思がないとただ過ぎ去ってしまうものですよね。電車を降りるというほんの小さな行為ですが、そこから生まれる大きな変化の予感に胸が高鳴ります。
また、街を歩いている中ふとダンス教室を目にすることって、私たちの日常にもよくあることだと思います。私も、近所のバレエ教室を信号待ちの時に眺めたり、ある街に降り立った時に必ず見てしまうポールダンス教室があったりします。日常の街並みに何気なく溶け込んでいるダンス教室。扉を開けば入れる場所なのに、何か特別な、神聖な空間に感じて、すごく手の届かない遠い場所を眺めているような感覚。ダンス教室を眺める杉山の心情に共感できて、とてもロマンチックな日常の切り取り方だなぁと思うシーンです。
ダンス教室のメンバーも、個性豊かな役者陣がずらり集結。以前この連載でご紹介した周防監督の『シコふんじゃった。』に出演されていたメンバーも多く、その点も楽しめるポイントのひとつ。
ダンス中は人が変わったように踊り狂う杉山の会社の同僚青木役の竹中直人さん、運動を勧められダンスを始めたという田中役の田口浩正さん。『シコふんじゃった。』では強豪校の対戦相手として存在感を見せていた宮坂ひろしさんも、青木のライバル役として出演。柄本明さんも杉山の妻から依頼された探偵役で、なんと本木雅弘さんも、舞にパートナーを申込むプロダンサーというちょっとした役で出演! かなり個性的で豪華なメンバーが揃っていて、ズバズバ何でも口にしてしまうダンス教室常連のシングルマザー豊子役の渡辺えり子さん、優しいたま子先生役の草村礼子さん等女性陣も、それぞれの持ち味が活かされているようなぴったりのキャスティングです。
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