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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 荒井晴彦監督『火口のふたり』 なぜ映画はヌードを撮るのか?

荒井晴彦監督『火口のふたり』 なぜ映画はヌードを撮るのか? モラルや常識を剥ぎ取り映し出すむき出しの〝生〟

白石一文原作、荒井晴彦監督の濃厚なR18作品

〈あらすじ〉
賢治(柄本佑)は、元恋人・いとこの直子(瀧内公美)の結婚式に出席するため、故郷・秋田に帰省する。10日後の結婚式を目前に、久々に再会した2人。「今夜まであの頃に戻ってみない?」という直子の誘いをきっかけに、2人は快楽の世界へ溺れていく。

 時にモラルを逸脱した、男女の濃密な恋愛模様を描く白石一文さんの原作と、かつて日活ロマンポルノ作品の脚本も手がけ、男女の欲望を忠実に描いてきた荒井晴彦監督のコンビネーションともなれば、当然かなり濃厚な官能映画の仕上がりでR18指定。

 白石さんの作品が映画化するのは今作が初めてのこと。これまで多くの脚本を手がけてきた荒井監督は、『身も心も』『この国の空』に続き3作目の監督作となります。

 作中、2人にとっての思い出のアルバムが登場するのですが、その写真を撮り下ろしたのは、写真家・野村佐紀子さん。モノクロでありながら、とても艶っぽく息吹を感じられる美しい写真たちが並んでいます。このアルバムのページがめくられる映像と共に、伊東ゆかりさんの「早く抱いて」が流れるオープニングクレジットは、どこか懐かしい匂いがして私好み。

 バツイチで現在職に就かず1人ふらふらしている賢治と、安定した婚約者との式を控えた直子。婚約者が帰ってくるまでの5日間、本能の赴くまま2人は何度も身体を重ねるのですが、この作品、ベッドシーンと共に食べるシーンが非常に多い。食欲・性欲・睡眠欲、三大欲求が全開なんです。

 カウンターに並んでラーメンをすすり、ある時は中華のランチを。料理上手な賢治は、アクアパッツァやパスタ、包み焼きハンバーグ等を直子に振る舞い、食べ終えるとお互いの性器が擦り切れ膨れるほど身体を重ね、眠りにつく。人は、未来のために、今日を積み重ねていく生き物ですが、その現実から目を背け逃避するかのように、明日のことも考えずただただ、今ある欲求を満たすだけの2人。その様子に、ある意味これが人間本来の姿なのではないかとさえ感じます。

 出演は賢治役の柄本佑さん、直子役の瀧内公美さんのみ。出演者がこれほど少ない作品はなかなか類を見ないですが、とても効果的な演出だなぁと感動がありました。

 思い返してみると、まるで賢治と直子だけがそこに生きているかのような印象が鮮烈に残るのです。街を行き交う人々の姿はあっても、ほぼ声はない。テレビのアナウンサーの声や、賢治の電話相手の父親の声はあっても、姿は映されない。2人以外の人間の輪郭がぼやけて見えて、まるで皆、亡霊のよう。だからこそ、本能に従う2人の姿が目に焼き付き、強い生命力が感じられます。路上で性交する2人の姿を覗き見た小学生が、賢治に脅かされて、「わーー!」と逃げる時の悲鳴が唯一ありますが、これも意図的な演出かと思います。

 はじめに触れたように今作は、かなり濃厚な官能映画であり、ヒロイン瀧内公美さんはヌード姿を惜しげもなく披露していますが、その堂々たる姿は圧巻。そして、ヌードである必需性を強く感じるのです。

 例えば、裸体の2人がベッドに仰向けで横たわって話をするシーンと、ベッドに腰掛けて横並びになっているシーンがあるのですが、あまりに何も隠さずバストトップも見える状態の瀧内さんの姿には少し驚かされました。行為中にバストトップが見えるようなシーンは他作品でよく拝見しますが、こんなにもフラットな状態で裸体を並べる男女を、私は観たことがありません。細身だけれど骨格が良い柄本さんの男の身体と、丸みのある柔らかい瀧内さんの女の身体。たしかに並んだ男女の身体の作りは異なるけれど、同じ人間なんだな、とふと思うのです。

 そこにいやらしさはなく、性別の垣根を越えた、人間のありのままの姿を感じる……一言で言うと、〝性〟を越えた〝生〟。映画におけるヌードシーンの、新たな意味合いを見出しているような気がして、私にとってはかなり衝撃的でした。

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