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日刊サイゾー トップ > エンタメ  > 『由宇子の天秤』「ドキュメンタリーは嘘をつく」
稲田豊史の「さよならシネマ 〜この映画のココだけ言いたい」

『由宇子の天秤』に想う「ドキュメンタリーは嘘をつく」

社会的弱者の切実な訴えは本当に真実だけなのか?

『由宇子の天秤』に想う「ドキュメンタリーは嘘をつく」の画像2
©️2020 映画工房春組 合同会社

 バツイチ男性たちは今まで、自分の離婚を外野からウンザリするほど責められてきた。仮に離婚の原因が夫婦でイーブンだったとしても、9:1で男側の甲斐性のなさが責められるのが今の世情である。
 
「奥さんがメンヘラ化した? お前の包容力が足りなかったからだろ」
「彼女が苦しんでいたとき、なんでもっと寄り添ってあげなかったの?」
「心を病んだパートナーを捨てたんだ。ひどいね」

 事情も知らない第三者からのダメ出しという「二次被害」に傷ついた男たちが最後にたどりついたセルフケアが、絶対に反論しない聞き手に対して自分の被害者性を最大限アピールし、うなづいてもらうことだった。

 取材ではインタビュアーである筆者が一切反論を挟まず、同意と同情の相槌を頻繁に打ち続ける。まさに「すべらない話」と同じ。オーディエンスの芸人たちが一致協力して話者のトークを全肯定してくれる例のやさしい空気に、バツイチ男性たちは安堵する。

 「パートナーのせいで人生が台無しになり、周囲からの二次被害にも苦しんでいる」という意味で、彼らも立派な“社会的弱者”である。彼らは時に嘘をつく(かもしれず)、同情を誘うための小咄を作り上げる(かもしれない)。誰かを欺きたいからではない。自分を守るためだ。

 『由宇子の天秤』は、このあたりに遠慮なく踏み込んでくる。

 多くの取材や調査資料を大小無数の梁として組み上げることで、ようやく完成する社会正義打ち出し系ドキュメンタリー。しかし「社会的弱者の切実な訴えは問答無用で真実である」という建物の基礎部分に、もし重大な欠陥があったら? 

『阿賀に生きる』なとで知られるドキュメンタリー監督・佐藤真は言った。「被写体はキャメラの前で作り話を演じる。そして嘘が多くなればなるほど、作り話は艶(つや)を増す」と。

 ドキュメンタリーの面白さとは、あるいは罪深さとは何なのか。それらは打ち消しあうのか、相乗効果をなすのか。『由宇子の天秤』は脚本のある劇映画だが、「ドキュメンタリーについてのドキュメンタリー」でもある。

引用出典:『ドキュメンタリーは嘘をつく』(森達也・著、2005年、草思社)、『ドキュメンタリー映画の地平 世界を批判的に受けとめるために』(佐藤真・著、2001年、凱風社)

『由宇子の天秤』
9月17日(金)渋谷ユーロスペース他全国順次ロードショー
キャスト:瀧内公美 河合優実 梅田誠弘 松浦祐也 和田光沙 池田良 木村知貴 川瀬陽太 丘みつ子 光石研
監督・脚本・編集:春本雄二郎
プロデューサー:春本雄二郎 松島哲也 片渕須直
配給:ビターズ・エンド
製作:映画「由宇子の天秤」製作委員会
https://bitters.co.jp/tenbin

〈公式SNS〉
Twitter https://twitter.com/yuko_tenbin
Facebook  https://www.facebook.com/yuko.tenbin.film/

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/09/18 07:00
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