髭男とKing Gnuで考えるアイコン時代のアートワーク論
#音楽
実は文脈を大事にする髭男のロックな遊び方
「ノーダウト」が収録された1枚目のフルアルバム。初回限定盤と通常版でメンバーのイラストの色の組み合わせが異なる。
ところで、King Gnuがクリエイティブ集団を擁するのに対して、髭男はロックの名盤を明らかに意識したデザインが多い。例えば『エスカパレード』【8】のような、4人が揃ったカラフルな正面写真はクイーンの『Hot Space』【9】やブラーの『The Best Of』(2000年)などで知られるお決まりの構図であるし、『REPORT』【10】はソニック・ユースの『Washing Machine』【11】を思わせるイラストになっている。
「『エスカパレード』のジャケは『4ピースバンドはこれ』というお約束ですよね。配置はビートルズの『レット・イット・ビー』で、色彩はアンディ・ウォーホルのマリリン・モンローみたいでもある。CDジャケの、正方形の形を生かしたデザインといえます。
「アンダー・プレッシャー」や「ステイング・パワー」が収録されている、通算10枚目のアルバム。ラリー・クラークの映画『KIDS/キッズ』(1995年)も似た配色。
また、『What’s Going On?』【12】の絵の具が飛び散ったような、スプレーを吹きかけたようなデザインも面白い。ルーツはたぶんいろいろでしょうけど、美術史的にはジャクソン・ポロックで、レコードジャケットデザイン的には80年代のストーン・ローゼズの『The Stone Roses』【13】が思い出されます。描画ソフトの進化で、この手の技術を手軽に使えるようになったというのも大きいかなと思います。エモい表現ですからね」
とはいえ、ネット社会の現代、オマージュは相応のリスクを持つ行為だ。アーティストの名前を検索すると関連ワードに「パクリ」と表示されるのはごく普通のことで、そこから人気を失うケースもある。
『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で注目を集めた「始まりの朝」が収録された3枚目のミニアルバム。
しかし、そんな中でも髭男は、例えばミニアルバムのタイトルが影響を受けたと公言しているマイケル・ジャクソンの楽曲と同じ『MAN IN THE MIRROR』(16年)だったり、「Pretender」のギターフレーズに、ザ・フーの「Won’t Get Fooled Again」のイントロにおけるシンセサイザーのフレーズを取り入れたことをインタビューで話すなど、積極的にネタ元や影響を受けた存在を明かしている。シンセをギターに置き換えることにより今っぽいサウンドに仕上げるというのは、それ自体が工夫に富んだ試みだが、他方で「パクリ」と、野暮なツッコミを入れられる可能性もゼロではないはず。それでも先人をオマージュする理由は何なのだろうか?
ジャケットは同バンドのツアーのグッズであるTシャツを着た2人のファン。一般人で後から許可を取ることもできなかったので、顔から上は使用されていない。
「そこはミュージシャンによっていろんな意識があると思いますが、髭男に関して言うと、彼らは音的にもデザイン的にも、文脈を意識しながら遊ぶという感覚を持っていますよね。そして、なおかつそれがリスナーへの教育・普及効果がある。
もともと、音楽にはそういう楽しみ方があったんです。例えば、渋谷系の頃の作り手たちは、元ネタの謎解きというゲームを次々と仕掛けていました。コーネリアスやピチカートファイブが音を作る上でも、信藤三雄がジャケットを作る上でもそうで、答えを見つけた者が口コミや音楽雑誌を通じて、偉大なる元ネタへとリスナーを誘導していました。渋谷系とはそういったある種のスクールとして形成されていったんですね。
初のEP作品。「秘密結社 鷹の爪」とコラボした初回限定盤と通常盤の2形態で発売され、「鷹の爪」盤は完全にマーヴィン・ゲイの同タイトルのアートワークに寄せている。
しかし、ネットで簡単に検索してSNSで瞬時に共有されるようになった現在、そういう面白さが全部消えてしまった。例えば15年には東京五輪のエンブレムの盗作騒動が加熱しましたが、あれもネット上にあらゆる画像があって、誰もが簡単に画像検索できるようになっていたからこそ起きた出来事ですよね。
そんな時代だからこそ、リスクを背負いたくない企業は『ググられても、ケチがつかない仕事をしてくれるデザイナー』に仕事を回すようになっている現実があります。グラフィックの力で果敢にマーケティング的な戦略も打ち出していけるデザイナーがもてはやされた、昭和・平成初期とは違うんですよ。
イアン・ブラウン率いるブリットポップバンドのデビューアルバム。アートワークはジャクソン・ポロック風であって、実際はギターのジョン・スクワイアが手がけている。
ですので、そういう意味では、髭男はインターネット以前のデザイン的な文脈の音楽リリースの作法を継承しているようにも見えるんです」
積極的なタイアップで商業音楽感も強い髭男だが、その制作スタイルは意外にも古風のようだ。リスクを考慮したレコード会社がジャケデザインを「ケチがつかないもの」に変えていっている印象すら受けるなかで、古き良きやり方を貫く髭男は、あのポップな音楽性にして、ひょっとするともっとも硬派なロックバンドなのかもしれない。
(文/編集部)
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