カメラを介して結ばれたユージン・スミス夫妻 ジョニー・デップと美波が共演『MINAMATA』
#映画 #パンドラ映画館
恋人、母親、プロデューサー……。いくつもの顔を持つヒロイン
ユージン・スミスは報道カメラマンとして活躍したが、世界各地を放浪し、また仕事にのめり込むあまり、家庭生活は破綻していた。初対面の相手の心を開かせる陽気さと、気難しさも見せる複雑な性格だった。ネイティブアメリカンの血を引くことも含め、ユージン・スミスとジョニー・デップは共通する部分が多い。もう若くはないユージンだったが、彼の創作意欲を刺激するアイリーンと出会い、また「水俣」という取材対象を見つけたことで、カメラに向き合う情熱が再び湧き上がってくる。そんな物語性も、今のジョニー・デップにぴったりハマっている。
現在も環境問題に積極的に取り組むアイリーンを演じているのは、オーディションで抜擢された美波。2007年にガルシア・マルケス原作、蜷川幸雄演出の舞台『エレンディラ』に主演し、その美貌と大胆な演技で注目を浴びた。映画では冨永昌敬監督の『乱暴と待機』(10)、河瀬直美監督の『Vision』(18)などに出演。他にも白石和彌監督が演出したWOWOWドラマ『人間昆虫記』や手塚眞監督の『ばるぼら』(20)など手塚治虫原作ものの美女を演じてきたが、美人すぎるがゆえに日本の映画やテレビでは活躍する機会が限られていた。
駄々っ子のようなユージンを、アイリーンはなだめ、励まし、叱咤する。恋人、母親、通訳、アシスタント、プロデューサー……、美波もいくつもの顔を演じることになる。日本と世界との架け橋となったアイリーンと同様に、国際色豊かなキャスト&スタッフの中で美波が果たした役割も大きなものがあったようだ。英語での台詞は苦労したそうだが、「とても自由度が高く、また日本文化に対するリスペクトが感じられる現場でした」とハリウッドデビューを果たした美波は語っている。
主にセルビアとモンテネグロで撮影された本作は、1970年代の日本を違和感なく再現している。また、当時のユージンとアイリーンとの関係性も非常に面白い。2人は親子以上に年齢が離れていたが、水俣での取材撮影を通して強く結ばれていく。夫婦として水俣で暮らし、映画では描かれていないが、水俣を離れると、婚姻関係は解消することになる。戸籍上は別れていたが、仕事上のパートナー関係は続け、写真集『水俣 MINAMATA』が生まれることになる。
劇中での2人の関係性を象徴するのは、赤い灯がともされた暗室でのシーンだ。フィルムを現像する合間、ユージンはカメラを持つ者としての心構えを、初心者のアイリーンに語る。
「アメリカの先住民は、カメラは被写体の魂を吸い取ると信じ、恐れていた。だが、カメラが吸い取るのは被写体の魂だけではない。カメラマン自身の魂も吸い取ってしまうんだ」
カメラを介したやりとりは、魂のやりとりでもある。ユージンはそう考えていた。だからこそ、カメラを手にした者は、心して被写体に向き合わなくてはならない。
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