『家、ついて行ってイイですか?』自分をフった女性がいきなり婚約者になった、記憶喪失の男性と2度のプロポーズ
#テレビ #家、ついて行ってイイですか?
ブリーフ姿で映像編集する“リアル全裸監督”
2016年2月、深夜の西日暮里駅前で取材させてくれる人をスタッフが探していると、1人の男性が自ら声をかけてきてくれた。
男性 「どうも、私カメラマンです。テレビの取材ですか? あ、タリー(録画)してるんですね。(名刺ファイルを見せて)TBSとかいろんな名刺持ってます」
――お仕事は何をやっているんですか?
男性 「(スタッフのカメラを指して)この仕事です。(映像を)作る仕事です。自分で会社持ってます。『安曇野放送制作』(という会社)です。(トラックが横を通り)ちょっと今、トラックの音がうるさいですね。もう1回やりましょうか?」
「映像の仕事に携わっている」という自己主張が異様に強い。誰も聞いていないのに、仕事内容と映像知識をフルパワーでまくし立てる。彼の名は塩田さんで、年齢は51歳。映像の仕事を始め、もう30年になるという。それより気になるのは、彼のパーソナリティだ。どこか喋り方はお坊ちゃんっぽく、目は少し危ない。髪型はサモ・ハン・キンポーみたいというか、小山田圭吾みたいというか。心なし、スタッフも引いている気がする。
実家住まいだという彼の自宅に到着すると、これがまた大きいのだ。見るからに資産家の家。現在はお母さんとフィリピン人の奥さんと3人で同居しているらしい。親が不動産持ちだから好きな仕事をやれているのか……? 道路沿いの家の外壁には、安曇野放送制作の仕事歴が貼り出してあった。
「ここに貼ることで、私がどういう仕事をやっているのか皆さんに伝えてあげたいなと思いまして」
あと気になるのは、常に首からぶら下げている会社名の入った名札だ。仕事中でも何でもないプライベートタイムでも常時身につけたまま。
「なんか、変な人と思われちゃうんですよ。そのために、これを付けるようにしました」
家の壁に望まれていない会社情報を貼り、いつも首から会社名をぶら下げてるほうが“ヤバい奴感”が出てしまう気がするが……。きっと、自分の仕事が自慢なのだろう。
ご自宅にお邪魔すると、汚部屋であった。この番組の部屋散らかり率の高さと言ったら。家が汚い人は、統計的に変な人が多い。彼の家で特に目につくのは、仕事で扱う映像機器の多さである。あと、なぜかハイヒールも異常な数がある。こちらは奥さんの所有物だそうだ。イメルダ夫人じゃないんだから。ちなみに奥さんの職業はベビーシッターで、仕事を始めて8年になるとのこと……って、この汚い部屋で子どもを預かっているのか!? 勘弁してほしい。
続いて、彼の仕事部屋を紹介してもらった。塩田さんが映像編集で使用しているのはwindows XP。取材日は2016年2月だが、この頃すでにXPはサポート終了後だ。しかも、起動しようとしてもパソコンが起ち上がらない。HDDが逝ったか? 何にせよ、普段からあまりパソコンを使っていなさそうだ。
気を取り直し、彼が制作を手掛けたDVDを見せてもらった。これは、西日暮里駅近くにあるフィリピンクラブのプロモーション映像のよう。出来栄えは、正直言ってキツイ。ただのホームビデオにしか見えない。その辺のユーチューバーよりレベルは下である。
「昔はね、1つ(仕事を)やると何十万とか100万円とか儲かったんですけどね。今の時代、どんどん収益が下がってきちゃいまして、新しい機材を買えなくなって昔の機材を使い続けております」
確かに、機材は大量にある。でも、どれも古い。これらでできることが今ではMac1台で事足りてしまいそうだ。それどころか、最新のiPhoneだけにしたほうがクオリティは高まる気がする。塩田さんは果たして生活できているのか?
「年収は昔は500万円くらいあったんですけど、今はもう200万ちょっとくらいかなあ……」
普及するにつれてパソコンは低価格化し、素人でも映像編集ができる時代になった。iPhoneで動画編集する人も少なくない。だからもう、相当な技術やセンスがないと難しい。さっき見たフィリピンクラブの映像を参考にする限り、しんどいと思う。
ただ、塩田さんにはスピリットがある。
――映像を作る上で大事にしていることはあるんですか?
塩田 「映像を作る場合は自分の心構えですね。編集しているときは、なるべくなら自分は……言っても大丈夫ですか? 裸で編集する。もう、裸の世界になって、もう素の容貌になって編集する。それが1番、自分にとってはいい映像が作れる」
決して、何かを比喩した言葉ではない。映像編集するとき、彼は本当に裸になるのだ。白ブリーフに白ソックス姿で行われる編集作業。リアルの意味で裸。髪型がマッシュルームカットなだけに、塩田さんはさながら“リアル全裸監督”である。
「映像関係の仕事をやっていると、段々だんだんこういう方向になってきますよね」
どういう方向なのか? さっぱりわからない。ただ、本人はいたって真面目だ。
「うちにはいろんな方が見えるんですけど、自分の子どもが2歳で亡くなっちゃったっていうお母さんが『2歳までの記録を編集してほしい』っていうことで見えたんですね。そのお母さんも一緒に立ち会っていただいて、段々だんだん映像が形になっていくことで、涙を流してすごい喜んでくれて。編集している間も涙を流されて、出来上がったものに対してとても喜んでおりまして、すごい良かったなと思いますね。
それがあるから、予算が安くてもさらに新しい映像を作って差し上げたい。映像ってやっぱりお金じゃないっていうか。もちろん、お金も大事ですけど。『良かった』と言われても仕事に対するお金の釣り合いはあんまりよくない。(金銭的には)自分の生活には伝わらないものはありますね。でも、『良かった』という言葉は自分としては嬉しいですから。私から映像の仕事を取ったら、もう、私はやるものがない(苦笑)」
彼の長所がわかった。真面目で優しくてピュアな人である。それは間違いない。
さて、この取材から5年半経った現在、塩田さんはどんな生活を送っているのか? 番組は追加取材を敢行した。リモート画面越しに見た、久しぶりの塩田さん。明らかに、変わったところが1つある。黒々としていたマッシュルームが全体的に白髪なのだ。彼はもう50代後半だ。この辺は自然な変化と言えるだろう。
そして、時流に乗りYouTube活動も始めたらしい。どんな動画を配信しているのか?
「例えば、フィリピンクラブの紹介の映像とか……」
映像にかける思いも、フィリピンクラブにかける思いも一途。苦節30年超え“リアル全裸監督”の一念は、岩をも通すか?
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