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日刊サイゾー トップ  > 慶喜はなぜ「鳥羽伏見の戦い」で敵前逃亡したのか?

渋沢栄一も激怒した、「鳥羽伏見の戦い」における徳川慶喜の敵前逃亡 その裏に慶喜流の“生存戦略”があった?

慶喜の敵前逃亡は徳川家のための生存戦略だった?

渋沢栄一も激怒した、「鳥羽伏見の戦い」における徳川慶喜の敵前逃亡 その裏に慶喜流の“生存戦略”があった?の画像3
上白石萌音演じる天璋院が慶喜を責める(ドラマ公式サイトより)

 次回の放送では、天璋院が帰京した慶喜を「なぜ逃げた」と問い詰めるシーンがあるようですね。おそらく、「逆賊にされた。天皇に逆らうつもりなどなかった」などと語る慶喜の“忠臣ぶり”が、『青天~』でもクローズアップされるのでしょう。が、実際のところ、史実の慶喜はもっとズルいことを考えていたと筆者には思われます。

 部隊の犠牲がまだ少ない段階で、ものすごく情けない負け方をして戦を強制終了させ、その後、恭順の姿勢を示す。それ以外に徳川が生き残る道はない。……慶喜はそう考えたとしか思えないのです。

 「御所にはびこり、年若い明治天皇をたぶらかしている薩摩を討て」と訴える「討薩の表」の発案者だった慶喜は、開戦までは天皇に逆らうことも十分、覚悟の上だったと思われます。もし朝敵認定を受けても、官軍を打ち倒せばそれで終わりですから。実際、幕末に幕府軍が官軍として長州征伐を敢行した際に、賊軍である長州軍が官軍(幕府軍)を遠慮なく破るという事態があったばかりです。

 そう考えると、慶喜が「朝敵認定にひどく怯えた」というのは大部分が“演技”であり、実際は統率が取れない烏合の衆にすぎない旧幕軍に見切りをつけ、「降参した者を攻撃することは許されない」とする欧米の慣習法に新政府軍が則って動いてくれることに賭けるしか、取れる生存戦略がなくなっていた……というあたりが正しいのでは、と筆者は読みます。

 「なぜ欧米の慣習法が?」と思うかもしれませんが、大政奉還以前から慶喜は欧米での議会政治や法律に高い関心を示し、研究を続けていました。

 また、新政府軍はもともと旧幕側から国庫の引き渡しも終えておらず、ほぼ無一文でした。「鳥羽伏見の戦い」のおよそ1カ月前にあたる慶応3年12月14日の時点で、慶喜個人から5万両を新政府の当座の運営資金として借りている状態だったのです(新政府の出納係・戸田忠至の証言)。しかし、今回の戦のスポンサーに慶喜になってもらうことはできませんから、イギリスに資金援助を依頼していたのですね。

 おそらくドラマでも描かれるので、その時にまた詳しくお話することになりそうですが、新政府軍を率いて江戸を火の海にすることに意欲を見せていた西郷隆盛が、江戸総攻撃を諦めることになったのは、明治新政府のスポンサーであるイギリス、その駐日公使兼総領事のパークスの承認が取れなかったからだと近年では指摘されています。パークスは「降参した者(=旧幕側)を武力攻撃するなど言語道断だ」と西郷に激怒したといわれますね。慶喜の“惨めな逃走”は意図的なものであり、そういう白旗の上げ方をすれば、「イギリスが、なおも武力行使したがる新政府軍を止めてくれるかも」という一点に彼は賭けるしかなかったのではないか、と考えられてならないのです。

 今回は、実に複雑な心理ドラマの連続といえる「鳥羽伏見の戦い」での慶喜逃走劇の裏側を、かいつまみながらお話してきました。史実の慶喜は、『青天~』で描かれているような「決めたことは貫くタイプ」ではありえず、主義主張や立場をコロコロと変えるので、身内からも「慶喜公には変節癖がある」などともいわれました。

 それゆえ、この時に慶喜が下した数々の運命的な決断について、本当はどこまで考え抜かれた末の結論であったか、本人でもうまく説明できなかったのではないか、それゆえこのあたりの事情を誰もが納得する形で語った資料が存在しないのではないか……などと筆者には思えて仕方ありません。諦めムードのうちになんとなく、「なるようになってしまった」というあたりが、慶喜の「鳥羽伏見の戦い」であったような気がしてならないのです。

 この時、慶喜は数えで32歳でした。現代の日本社会では、部下が何人かできて、大きな仕事が任されるようになった程度の“若い”男性の肩にのしかかるには、「鳥羽伏見の戦い」で大将を務めたことや、その敗戦処理はあまりに重いタスクだったでしょう。ただ、そういう慶喜以外に、徳川方のリーダーになれるような人物がいなかったという事実に、歴史の皮肉さを感じずにはいられませんね。

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堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:43
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