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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 『夜空はいつでも最高密度の青色だ』
宮下かな子と観るキネマのスタアたち第17話

善意か悪意か分からない情報で溢れた世界での“生”を肯定的に捉える『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

しぶとくずぶとく生きる多様な人々を描く

 ヒロイン美香を演じるのは、今作が映画初主演である石橋静香さん。クラシックバレエの留学経験もあるということで、マニキュアを塗ったつま先の動かし方など、ふとしたところで垣間見える身体表現の柔軟さ。田舎で同じくバレエを習っていた私からすると、惚れ惚れするような動きです。芯のある佇まいに圧倒的存在感があって、いつかお会いしてみたい同世代女優さんの1人です。

 看護師として働いている美香にとって、死は身近な存在。彼女は死を目の前にすると、くるりと身体を回転させながら「大丈夫、すぐに忘れるから」と呪文のように唱えます。この動作は、自殺した母親の記憶の反芻。綺麗な青いロングスカートをなびかせ、煙草を吸いながらくるりと身体を回転、そして幼い美香に微笑みかける母の姿。そんな母親の残像を引きずりながら、彼女は東京の片隅で懸命に、誰かに甘えることもせず、孤独な日々をやり過ごしています。

 母親役を演じているのは市川実日子さん。市川さんの登場は、ほんの僅かの回想シーンのみにも関わらず、鮮烈に印象に残っています。

 一方、池松壮亮さん演じる慎二は、工事現場の日雇い労働者として働いています。彼は、片目しか目が見えず、コミュニケーションが苦手で、自分が聞きたいことだけを一方的に話してしまう。彼も、常に纏わりつく死を意識しながら生きていて、「嫌な予感がする」とよく呟いています。美香が働くガールズバーで2人は出会い、帰り道に偶然遭遇すると、「俺は変だから」「へえ、私と一緒だ」「嫌な予感がするよ」「分かる」と会話を交わします。

 2人とも同じ漠然とした不安を、世界に向けているのです。

 そんな行き場のない憂鬱な気持ちを抱える2人に、大きな希望を見出してくれる存在が登場します。1人は、慎二の職場で共に働く岩下。演じるのは田中哲司さん。立て続けに身近な人の死を前にし、落ち込む慎二に向けて岩下は、「幸か不幸か、俺は生きてるんだよ。お前も生きてる。こんな生活だけど、生きてる、恋もしてる。恋してるんだよ、ざまぁみやがれ」と静かに言葉を投げかけます。

 好きな人に早く会いたいとひたすらに走る岩下の後ろ姿。失恋しても、クビになっても、「死ぬまで生きるさ、へへ」とうなだれながらも歩く後ろ姿。彼の、ただ実直に生きる姿に、慎二は心を動かします。岩下は腰が悪く、肉体労働であるこの仕事もかなり厳しそうで、決して満たされた人生を送っているとは言えません。年下の慎二たちにお会計を払わせるし、いつも開いているズボンからパンツは丸見えだし、常にしょんぼりと肩を丸めた姿でカッコ悪いおじさん。それでも、どんな辛いことがあっても「ざまぁみやがれ」と言い放てるって、とても愛らしくてカッコいいと私は思います。生きていればこっちのもんだぜ、と言わんばかりの姿に、慎二と同様、とても励まされるんです。

 そしてもう1人が、野嵜好美さん演じるストリートミュージシャンの存在。街中で歌う彼女を横目に、ただ通り過ぎるだけの2人でしたが、物語の進行と感情の変化と共に、時にその歌に後押しされ、彼女の存在を意識し始めます。路上で誰にも聴いてもらえなくても、懸命に歌い続ける彼女の存在を、自分ごとのように受け止め始めるのです。

 因みに、歌は石井監督が作詞したオリジナルとのこと。何度も聴いているうちに口ずさみたくなってくる、勇気をもらえる歌詞にも是非注目です。私は自転車乗っていて周囲に人がいない時、たまにこの歌を思い出し,小さな声で歌っています。東京で私、生きてるな~という気持ちになります笑) 。

 誰の目にもくれずにただ歌い続ける彼女は、美香と慎二の姿と重なり、2人がそれに気付くことで、新たな希望が見えてくるのです。

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