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『青天を衝け』で詳しく描かれなかった「大政奉還」 徳川慶喜の誤算と「戦争好き」西郷隆盛の暗躍

大河らしからぬ“ブラック”な西郷はむしろ史実に近い?

『青天を衝け』で詳しく描かれなかった「大政奉還」 徳川慶喜の誤算と「戦争好き」西郷隆盛の暗躍の画像3
『青天を衝け』公式Twitterより

 さらにこの時期の慶喜を悩ませたのは、薩摩藩の西郷隆盛(当時・吉之助)のさらなる暗躍でした。慶喜の大政奉還によって一度は去った内乱の危機ですが、恐らくは西郷の手引きによって、江戸城・二の丸が放火され、燃え上がる事件が起きたのです。

 ドラマでも触れられていたように、これは火事の混乱に乗じ、二の丸に住んでいた天璋院を(彼女の意思と関係なく)強奪しようとする薩摩藩の計画だったと噂されました。これに対し、ケンカっ早いことで有名だった庄内藩士が暴発。江戸の薩摩藩邸に報復放火するという事態に発展してしまいます。江戸中に薩摩を憎悪する空気はみなぎりました。

 大政奉還という奇策によって、一度は回避された“幕府VS薩摩(と諸藩)”という内乱の可能性が、再度高まってきたところで前回の放送はおしまい。フランス滞在中の渋沢栄一たちは異常事態が日本で起きていることを感じながらも、それが何かを具体的には掴めず、不安な日々を過ごすだけでした。

 さて……、あらすじに補足するだけでも長くなる大政奉還当時の物語ですが、その中で慶喜にならぶキーパーソンは西郷隆盛といえるかもしれません。好戦的に描かれている今年の西郷像は目新しく思えるでしょうが、史実でも彼が“戦”を重視していたことは事実です。

 西郷の“戦好き”は、血の気の多い武士社会においても有名でした。正確には「政治の複雑な問題も、戦争すれば勝ち負けがハッキリつくし、しかもスピード解決できる」という理由で、西郷は戦争を容認していました。というより、政治ツールとしての戦争を好んで行う傾向があったと言えるでしょう。

 『西郷どん』(2018年)を筆頭に、歴代の大河ドラマにおいて、西郷隆盛という人物は平和主義者として描かれるのが大半であった気がします。しかし、あれは日本史屈指の人気者である西郷に「平和を愛する人物であってほしい」という、作り手や視聴者の願望が反映されたフィクションにすぎないのですね。

 西郷には、今日の視点から見ると好ましくない、もう一つの特徴がありました。男尊女卑の風潮が強かった当時においても、かなり強めの女卑傾向が見られる点です。天璋院をまるでモノのように江戸城から奪い取ろうとした放火事件の他にも、和宮にかなり不敬なことを言ってのけています。

 「鳥羽伏見の戦い」から江戸に“逃げ戻った”徳川慶喜が、江戸城・大奥の和宮に泣きつき、朝廷への取りなしを依頼したことがありました。もうすぐドラマでも描かれるでしょうが、慶喜への寛大な処置を呼びかけ、憎しみの連鎖を止め、平和の維持を求める和宮の書状を西郷はあざ笑い、大久保利通にこんな手紙を書いています。

 「慶喜退隠の嘆願、甚だ以て不届千萬、是非切腹までには参申さず候ては相済まず(略)静寛院宮(=和宮)と申しても、矢張賊の一味」……つまり、「和宮による慶喜の助命嘆願など考えるに値しない。慶喜は切腹させるべきで、慶喜の助命を嘆願する和宮なども所詮は“逆賊”にすぎない」と皇女を「賊」扱いしたのです。

 当時の世の中は男尊女卑が普通でしたが、それでも西郷ほど徹底している例は少ないかもしれません。多くの人が知らなかった西郷の一面に迫っている、博多華丸さんのブラックすぎる熱演には今後も期待ですね。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:45
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