山田洋次監督『息子』を観て感じた、宮下かな子が役者を続けることへの葛藤と大先輩が導いてくれた答え
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放蕩息子が掴んだ小さな幸せを喜ぶ父の姿
さて、季節が夏から冬に変わり、父・昭夫は旧友の誘いで東京へ出て、その足で長男の家を訪ねます。この時も長男夫婦は、父親の来訪を煙たがっている様子。騒がしい東京の、建物に囲まれたマンションの狭い一室で、自分のことで口論する息子夫婦に耳を傾けている父親の姿がとても切ない。丸まった背中が、父親の身と心の窮屈さを物語っています。
長男の家で一泊した昭夫は翌日、気がかりだった哲夫のもとを訪ねます。長男の家に比べ、はるかに狭く貧しい家に住む哲夫でしたが、彼女の征子を紹介し、結婚を前提に付き合っていることを、誠意を込めて父親に伝えるのです。
哲夫は、一周忌を終えて東京に戻ると、居酒屋店員のアルバイトを辞め、力仕事である鉄工場で働き始めていました。そこの取引先で出会ったのが、征子。征子を演じる和久井映見さんの麗しさは、目を奪われるほど! 一目惚れした哲夫は、何度も猛烈なアプローチをするのですが、後に征子が聴覚障害があることを知ります。
その後の哲夫と征子の恋の行方は視聴者も知らぬまま、父親に彼女を紹介するこの場面で征子が登場する、という山田監督の演出が見事。付き合い始める描写をあえて見せないこの演出が、息子に突然彼女を紹介される父親の心情とリンクし、より感動に繋がっているように思います。動揺する昭夫でしたが、流暢に手話を使い会話する哲夫の姿と、真っ直ぐな瞳で笑顔を見せる純朴な征子に、「あんた、ほんとに、この子の、嫁御に、なって、くれますか」と、征子が理解できるようゆっくり話すのです。狭いアパートでの、この3人の姿は、胸に深く刻まれる心温まる名場面です。
雪の降り積もった真っ白な道を、征子とも連絡が取れるよう購入したファックスを片手に家路に着く昭夫。道の途中で「幸せだなぁ~おめぇは」と知人に声をかけられ、「あぁ、幸せだ」と答える間が、とても良い。即答ではない。だけど、噛み締めるような、確実な、幸せだ、なのです。
雪道を抜けて昭夫が帰宅した家は、かつて家族の温もりがあった、今はあかりの灯っていない暗く広く寒い一軒家。終始不穏なピアノの音が流れる中、悴んだ手で火をともす1人の老人の姿を映したラストシーンは、決してハッピーエンドとは言い切れないですが、人の輪廻と、息子の幸せを願う親の温もりを感じました。
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