渋沢栄一を慌てさせた情報通で、勝海舟の“ライバル” ──幕吏でありながら確かな商才で一目置かれた「知られざる偉人」小栗忠順
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“ライバル”勝海舟は過大評価されすぎ? 小栗忠順の知名度の低さのワケ
古武士のような道義心と、確かな商才を併せ持つ小栗忠順。『青天~』での登場までに、彼はどんな人生を歩んできたのでしょうか。
小栗上野介(おぐり・こうずけのすけ)の名でも知られる彼は、徳川将軍家に代々仕える旗本の家に文政10年(1827年)に生まれました。生まれも育ちも上流武士であり、若い頃から落ち着いた物腰と深い教養、頭脳明晰さが評価され、小栗は出世を重ねます。特に初期の実績としては、万延元年(1860年)、幕府による「遣米使節」の一員としてアメリカの軍艦・ポーハタン号に乗って渡米していたことが見逃せません。
小栗ら遣米使節の人々はアメリカ各地に滞在しつつ、首都・ワシントンへ向かいました。遣米使節の目的は、日米修好通商条約の批准書をアメリカ政府と交換することです。この条約の評価はさまざまですが、それはさておき日米修好通商条約を正式に締結させ、アメリカと日本の新しい関係をスタートさせた役人の一人が、小栗でした。
余談ですが、「遣米使節」と聞けば、「勝海舟も同行していたのでは?」とか、「使節団は咸臨丸に乗って渡米したのでは?」と反射的に思ってしまいがちではないでしょうか。しかし、それらの大部分が“史実誤認”というと、読者は驚かれるかもしれません。
「日本の軍艦・咸臨丸に乗って、勝海舟や福沢諭吉などの日本人が太平洋を自力で航海した」という、教科書で読んだような内容をわれわれは信じ込みがちです。しかし、これらは勝海舟の談話集『氷川清話』(講談社学術文庫)などをもとに作られた“神話”にすぎないのですね。
咸臨丸は、オランダで建造された船を幕府が買っただけの船です。また、たしかに咸臨丸は小栗忠順ら遣米使節の乗った米艦・ポーハタン号の護衛艦として、ともに太平洋を渡りましたが、運転の大半はアメリカ人クルーが行いました。
咸臨丸が「日本人初の太平洋横断」だという事実もありません。ジョン万次郎など漂流民がアメリカ船に保護され、アメリカに渡った例が咸臨丸以前にあるからです。
当時、勝海舟と小栗忠順はライバルだったといいますが、現在では知名度や人気の点で勝海舟に大きく水を開けられてしまっているのが小栗です。ただ、それは勝が過大評価されすぎだからともいえるのです。
たとえば、咸臨丸の「艦長」はたしかに勝海舟でした。しかし、咸臨丸は先述のとおり、遣米使節の乗った軍艦の護衛艦にすぎません。それに咸臨丸内で一番高い地位にいたのは「提督」の木村摂津守(=木村芥舟)です。そして「船長」はアメリカ人のジョン・マーサー・ブルックという人物でした。
この船長の『咸臨丸日記』によると、勝海舟はひどい下痢と船酔いでほとんど船のデッキに立つことができないまま、サンフランシスコ港に到着したことがわかります。この日記には、「艦長はまだ寝台に寝たきり」などと、出港直後から勝海舟の情けない姿が連日、描かれているのでした。長い航海に音を上げた勝が「日本にもう帰りたい!」と太平洋の真ん中でグズりだしたという証言までありますね。
しかも、勝海舟ふくむ咸臨丸の乗船者は、小栗ら遣米使節がワシントンに旅立ったのを見送ると、自分たちは比較的すぐに帰国の途についてしまっているのです。国際人のイメージが強い勝海舟ですが、そのアメリカ体験は、とても限定的なものでした。
こうして見れば、遣米使節の「スタッフ」として勝海舟がいたことは事実ですが、特に実りある仕事を彼は何もこなせていなかったことに気づくはずです。
一方、小栗が勝のように船酔いで倒れたり、嘔吐していたなどの記録はありません。また、『青天~』では小栗が持ち歩いているという設定でネジが登場していますが、アメリカ滞在時に小栗が工場を視察し、そこで作られていた金属製のネジの精巧さに感動し、記念に日本まで持ち帰ったのは事実です。しかし、なんとも地味な逸話ではあります。優秀で生真面目なぶん、地味なエピソード中心なのが小栗という人物の宿命といえるかもしれません。
明治期以降、小栗が受けてきた低評価の理由は他にもあります。先述のとおり、新政府に対して軍事対立も辞さぬ強硬姿勢を貫き、その結果、処刑までされてしまったこと。さらに、“咸臨丸で初めて日本人が太平洋を渡ったんだ”式のウソも含むけれど、世間の注目を集める勝海舟のようなトーク技術が小栗にはなかったことも見逃せないと思われます。それらが、高い業績の持ち主とは裏腹な、彼の知名度の低さに直結している気がしますね。
誰もが「へぇ~」と思える小栗の逸話としては、彼が船で世界一周を経験した最初の日本人(のひとり)になったことでしょうか。アメリカ滞在を無事に終えた小栗らは複数の米艦を乗りつぎながら、世界を見てまわっています。
優秀さより、欠けている部分に現代人は人間味を感じてしまいがちです。そうした意味では、勝海舟と比較されると、どこまでも優等生の小栗は逆に不利なのかもしれません。
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