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日刊サイゾー トップ > インタビュー  > 前田日明と「リングス」の曳航(1)
リングス旗揚げ30周年記念 短期集中連載『天涯の標』

【格闘王・前田日明と「リングス」の曳航 Vol.1】UWF解散、引退説、そして新団体へ

解散後は申し合わせたように連絡すら来なくなった

【格闘王・前田日明とリングスの曳航 Vol.1】UWF解散、引退説、そして新団体への画像3
UWFの誕生と瓦解を検証した書籍も数多く出版された(画像は『証言UWF最後の真実』宝島社)

 〈選手のことは誰に対しても家族のように思っていたし、情の部分で見ていました。宮戸(優光)にしても、安生(洋二)にしても相手の立場で考えていた。妙に理解しちゃってたんです。

 それが結局、仇になった。あのときも宮戸が一番最初、「信用するか、信用しないかって言っても、そんなの僕わかりませんよ」と言って出て行った。

 宮戸が一人で出て行っても、受け入れ先なんてどこもない。「何とかしなきゃいけないな」って思いました。みんなを結束させなきゃいけないから、「解散」って言葉を口にしたんです。〉

 前田にしてみれば、「ショック療法」のようなつもりだった。

 〈髙田だとか山崎(一夫)とか、あのへんが動いてくれて、「またできるんかな」と思ったら、もう全然。何にもしてなかった。〉

 新生UWFの意思決定において前田は「合議制」に固執してきた。自身の人間関係の礎でもあった「家族」的なつながりを求めてやまなかったからだ。

 コミュニケーションは勢い濃密なものとなる。時に激昂し、選手を叱責。心の中の柔らかい部分にも容赦なく踏み込んでいく。こうした前田の距離感を疎ましく思う者もいた。解散とは「合議制」の破綻、「家族」の終焉を意味する。

 新日プロ入門以来、米国でボクサーになる夢の消滅、ガス灯時代のプロレスとのすれ違い、底上げでのメインイベンター昇格、新団体への師の不参加、不完全燃焼での新日復帰、古巣との不本意な決別──何度となく突きつけられてきた喪失と欠落にまたも襲われる。前田は一人になった。

 〈中学2年くらいからずっと一人暮らしだったんで。今の感覚で言うと、家族的な愛情に飢えていたんです。当時、父親ともあんまりうまくいってなくて。音信不通でした。母親も再婚したりとかしていて。いまいちだった。向こうもあんまり寄り付かなかったり。そういう時期でした。

 自分としてはそんな気にしてるつもりはなかった。でも、どこか心の中にわだかまりがあったみたいで。

 UWFの連中って練習や試合だけじゃなく、私生活でもずっと一緒だった。解散後はいきなり、みんな申し合わせたように連絡すらも来なくなりました。〉

 部屋に引きこもる日々。できるのは自分に対して刃を向けることぐらいだった。

 〈「何でこうなったんかな?」

 「俺が何かをしたから、こうなってるのかな?」

解散の直後はそればっかり考えてました。家に閉じこもって、そんなことを考えているうちに朝になって、昼になって、夜が訪れる。で、また朝になって、昼になって。そんな毎日を繰り返していたんです。〉

 前田日明は引退する──。マット界の内外でそんな噂が飛び交っていた。

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