宮下かな子、旅一座の浮草稼業を描いた小津安二郎「浮草物語」で、俳優として迫られたある選択に思いを馳せる
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こんばんは、宮下かな子です。
5月は、勝手に小津安二郎監督祭開催中!今回ご紹介する映画は『浮草物語』(1934年 松竹)です。『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』『出来ごころ』に続き、翌年もキネマ旬報ベスト1位に輝いた今作は、前回と同じく坂本武さん演じる喜八が主人公。小津監督の「喜八もの」第2作目になります。舞台はとある田舎町。そこに最終列車で到着した、喜八を筆頭とする一座の物語です。
喜八と同じく役者業の私。今日は前置きとして、私のちょっとした小話から始めさせて頂きます。以前、ご一緒したかった監督のオーディションがあったんです。すると、監督とのオーディションの前に、何やら出資者の方が先に会って面談したいとのこと。とある大きな有名ビルの最上階、普段だったら絶対に行けないような眺めの良い高級カフェに到着すると、ピンクのニットを着た、いかにも裕福そうな男性がどっしりと腰を据えて待っていました。プロフィールを見ながら、彼は私にこんなことを質問しました。
「もし、何かを犠牲にすれば売れるとしたら、何を犠牲にしますか?」
私は少し悩んで、「お肉食べられなくなることですかねぇ」と冗談混じりに答えました。予想外の答えだったのか彼は大笑いしていたのですが、その夜、マネージャーさんから「残念ながら……」という連絡が届いたんです。お芝居もしてないのに! 監督にお会いしてないのに!なんてぐるぐるしながら、豚骨ラーメンをやけ食いし、街中で涙を垂れ流しながら歩いて家に帰りました。
それからというもの、あの質問の言葉が時々私の頭をよぎります。何と答えたら良かったのだろう。何故私はあの質問に違和感を感じたのだろう、と。その答えを考えながら、私はこの映画を観ました。そんな私の話はひとまずこのくらいにして、まずはあらすじから紹介していきます。
〈あらすじ〉
旅役者の座長喜八(坂本武)は、一座を連れてある田舎町へ興行に訪れた。そこは、昔子供を産ませた女、おつね(飯田蝶子)と息子の信吉(三井秀男)がいる町。その秘密を知った、一座の主演女優で現在喜八の女であるおたか(八雲理恵子)は嫉妬をして……。
この作品は後に小津監督自ら『浮草』(1959年 大映)の題でリメイクしているんです。出演者は小津作品常連の杉村春子さん笠智衆さん、大映スターである若尾文子さん京マチ子さんが華を添え、歌舞伎役者・2代目中村鴈治郎さんが喜八を演じるという超豪華キャスト。私は個人的に若尾文子さんが大好きであるのと、小津監督は色彩センスも非常に長けているので、リメイク版『浮草』もかなりおすすめ。ですがやっぱり坂本武さんの喜八は絶品だなぁとしみじみ思うのです。
実は私、坂本武さん演じる喜八が、亡くなった私の祖父に似てるなぁと、勝手に親近感を抱いていたんです。私の個人的な思い入れ、と思っていたのですが、もしかして皆さんの人生の中にも、私が祖父を連想したように、喜八みたいな存在がいるのではないかとふと思いまして。いつもニカニカ笑っていて、気さくで、場を明るく盛り上げてくれるようなおじさん。坂本武さんが作り上げた喜八像って、きっとみんなの心の中に存在する誰かで、共感できる人物だからこそ、シリーズものとして愛されて続けたのではないかと思います。
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