事故、入水自殺、東日本大震災の津波……海から遺体を引き上げる民間ダイバーの“ギリギリ”な現場
#東日本大震災 #ダイバー #遺体
海から遺体を引き上げる仕事をしている、ひとりの潜水士がいた。事故や入水自殺などで発生した海難者の捜索は警察や消防、海上保安庁などが担当することもあるが、例えば自動車ごと入水自殺した場合、朝になって船が入ってくる前にクルマを引き上げなければならない。そうでないと、クルマごと船底に潰されてしまい、船を傷つければ大事故につながる危険性があるからだ。ところが、公的機関は要請を受けてから現場に行くまで時間がかかり、人手が足りない場合は重機が使えない。こうしたさまざまな事情によって、民間人が引き受けることもある。夜間に自殺する人が多く、深夜から明け方にかけての潜水を突発的に依頼されるがために、心身への負担は大きい。しかも、遺族から捜索代金を踏み倒されることが多発する。それでもなお、その人物は依頼を受ければ探しに出ることをやめなかった。そして、約2万人が亡くなった東日本大震災の津波の後にも、男は海に遺体の引き上げに向かった――。
宮城県の潜水士・吉田浩文の半生に迫ったノンフィクション『潜匠 遺体引き上げダイバーの見た光景』(柏書房)を執筆した矢田海里氏に訊いた。
遺体の捜索費用が踏み倒されることも
――海からの遺体引き上げの仕事をしている潜水士の方は、どれくらいいらっしゃるのでしょうか?
矢田 取材の仕方によっては「遺体を引き上げるお仕事をしている何人かに話を聞きました」と「業界」を掘り下げていく方法もあり得たと思うんですけれども、今回はこの吉田さん「個別」の事例、ひとりの視点を通じて見えてくるものを書きたかったので、そういう全体像についてはあまり掘り下げて調べていません。
ただ、わかる範囲で言えば、専属でそういう仕事があるというより、本来は警察、消防、海保が担当されることもある仕事で、人員が足りないときに吉田さんのように普段はインストラクターや海岸工事関連など、別の潜水の仕事をしている人が呼び出される。ですから、民間人が出てくるのは特殊な状況だと思います。どうも「どこの所属の人間が担当する」といったことは警察の方や吉田さんにうかがった限りではあえて曖昧にしているような印象を受けました。実際は警察が民間人にお願いした場合でも、体裁上は「依頼した」となるとマズいこともあるらしく、「たまたま通りがかったために手伝ってもらった」ということにして処理したこともあるようです。
ですからまして、そういう仕事を長く続けてらっしゃる方は、おそらくたくさんはいない。取材していく中で警察の方から「福島県にもうひとりいますよ」と聞いたことがありますが、どんな方なのかは詳しくはうかがえなかったくらいです。その方は無償でやっていたそうで、「民間の方に頼んだら謝礼を払う」というルールではないみたいですね。ただ、同じく潜水士をしている吉田さんの父親も何度か経験があったとのことで、界隈ではみなさんそういう仕事があると知りながら普段は海岸工事などに従事されている。
――そういうダイバーがいない自治体では、遺体が放置されてしまうのでしょうか?
矢田 誰も「探してください」と言わなければ、沈んだままの方は実はいらっしゃるんだと思いますが、多くの場合、ご家族の方が対面したいと願えば誰かが探しています。ただ、海の中は誰でも入っていけるわけではない特殊な場所だということで、吉田さんのような民間ダイバーに出番が回ってくると。
――本の中に遺体の捜索費用を請求しても踏み倒す人がたくさんいることが書かれており、それが衝撃でした。
矢田 私もびっくりしたんですけれども、もともと経済的な困窮、借金が原因で自殺を選ぶ方も多いですから、ご遺族の方もお金を払える状況ではないんだろうなと。ですから、吉田さんもやればやるほど赤字になっていく。そして、経済的にだけでなくて、やはり遺体を扱うことによって精神的に蝕まれていく。だから、吉田さんご本人も「やめよう」と思ったことは何度もあった。決して最初から志をもって「やる」と決めていたわけではない。けれども、現場で頼まれると断り切れず、回数が増えていったそうです。
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