創業90年の町中華で味わう極上“アンビエント”かた焼きそばの宇宙と無常観
#かた焼きそば #大崎広小路
シュプリームのコレクションに楽曲を提供し、海外の有名音楽フェスに出演するなど、国内外で評価されてきた“エクストリーム・ミュージシャン”のMARUOSA。他方で“かた焼きそば研究家”としての顔も持ち、近年は『新・日本男児と中居』(日本テレビ)や『たけしのニッポンのミカタ!』(テレビ東京系)といった地上波のテレビ番組にしばしば登場して注目を集めている。そんな彼が、驚愕の絶品・珍品に光を当てながら、かた焼きそばの奥深き哲学に迫る!
行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。
一度は教科書で目にしたことがあるだろう日本3大随筆のひとつ、鴨長明『方丈記』の冒頭文である。この世のすべては常に移り変わり、いつまでも同じものはない、という無常観を表した名作だが、かた焼きそばもしかり。ある日、突然廃業してしまい、2度と食べることができなくなった逸品は数知れず。
いつまでもあると思うな親と金とかた焼きそば。
そんな事を想うと、ふと、脳裏に浮かんだあの名店。訪問せずにいられない。
平日の昼下がり、東急池上線の大崎広小路駅から立正大学方面に歩くこと5分ほど。峰原通りを入ると左手に突如現れる天国への階段。
10段ほどしかないのでイントロを聴き終わる前に登り切ってしまうが、頂上には確かに天国が存在していた。
その名も平和軒。創業90年を超える老舗町中華。朽ち果てた暖簾(写真中央の赤い切れ端のようなもの)がもはや本来の役割を果たせていないが、これこそが現世と常世をつなぐゲートの役割を担ってるとすれば、どうだろうか。たちまち必要不可欠な代物に見えてくる。
かろうじて人の気配は感じるので、おそらく営業中であろう。願うように入店すると、そこはもう異空間。思わず2021年を生きているという自信をなくしてしまう。
靴を脱いで小上がりをあがると、さらに時空が歪む。
「ボロだから、やだよー」と店主がおっしゃっていたので内観は伏せさせていただくが、いわゆる「レトロ」という一言で片付けるには野暮すぎる、一切演出なしのガチンコ天然記念空間。しかも、平日昼間というシチュエーション、あまりにも純度が高すぎて、しばしストーン。
注文後、メニューを見て正気を取り戻す。
「五目カタ焼きそば」に対する「五目“生”焼きそば」という表記に趣を感じるが、「麺の部」の最下段にある「MISO TOMATO」がなかなかの香ばしさ。なぜ、これだけローマ字表記なのか? 常連外国人客のアイデアがきっかけで誕生した一品なのだろうか?
妄想を膨せることでなんとか自我を保つこと十数分、顔に深く年輪が刻まれた店主が自ら配膳してくれる平和軒のかた焼きそばがコチラ。
具材は白菜、ニンジン、もやし、ニラ、タマネギ、キクラゲ、タケノコ、なると。超ライト揚げ麺に、薄味ながら鶏の旨味をしっかり感じるあんかけ。全体的に淡い色合いだが、山頂の紅生姜がいい差し色だ。スープ付きなのも嬉しい。ちゃんぽんも提供していることから、どこか皿うどんの風情を感じる。
しかしながら、この独特すぎる異空間にあって、違和感というものを1ミリも感じさせず、もはや風景と一体化しているのは見事というほかない。
ひとたび頬張ると、優しさのフレーバーがじんわりと、空間と奥行きで食べ手を包み込む。高潔なインスタレーションを鑑賞しているような感覚だ。
押し付けな主義主張は必要ない。ただ味の流れに身を任せ、かた焼きそばの宇宙を漂えば、己もまた平和軒の一部となり同化していく。グルーヴ? ビート? 今それを求めるのは無粋である。
ちなみに、店主は3代目。確か、祐天寺にも同じ屋号の店があったかと記憶しているが、実は従兄弟が切り盛りしているそうだ。そのほか、西小山、川崎、浦和にも存在する。いずれも親戚または元従業員が開業したお店で、現在もなお伝統を守り続けている。素晴らしきかな、平和軒の絆。
気づけば、本日の営業時間ギリギリまで長居してしまった。再びゲートをくぐり、2021年の現世に戻る。
脇の小道で悦に入っていると、店主が表に現れ、あの暖簾を下げて店内に消えていった。この日の営業を終えた平和軒は、まるで眠りにつくかのようにひっそりと静まり返り、周囲に溶け込んでいった。
平日昼間にしか味わえない、極上のアンビエント方丈食。気になったその瞬間こそが食べときである。
〈INFO〉
・平和軒
住所:東京都品川区大崎3-1-16営業時間:11:00~15:00
定休日:日曜日
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事