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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.634

殺人ドライバーが白昼の公道で突然襲い掛かる! ラッセル・クロウ主演の恐怖映画『アオラレ』

誰もが被害者にも加害者にもなりうる恐怖

殺人ドライバーが白昼の公道で突然襲い掛かる! ラッセル・クロウ主演の恐怖映画『アオラレ』の画像2
脚本を読み終えた直後のラッセルは「この映画には絶対に出演しない」と思ったそうだ。

 スティーブン・スピルバーグ監督のデビュー作『激突!』(71)を、本作は思わせる。白昼の公道で、殺意剥き出しで車が猛スピードで迫ってくる。日常的な交通手段である車が、凶器へと変身してしまう。『激突!』の殺人トレーラーの運転手は最後まで顔を見せずに正体不明のままで終わったが、本作ではラッセル・クロウが殺人ドライバーを演じていることが大きなキモとなっている。

 アカデミー賞作品賞受賞作『グラディエイター』(00)で筋骨隆々な最強剣闘士を演じたラッセル・クロウが、でっぷりとしたメタボ体型のキモオヤジになって襲ってくる。往年のラッセル・クロウを知らない世代は、ホラー系の俳優と思うに違いない。『シャイニング』(80)のジャック・ニコルソン、『ケープ・フィアー』(91)のロバート・デニーロを彷彿させる不気味さがある。

 シングルマザーのレイチェルは多くの悩みを抱えているが、その悩みに呼応するかのように殺人ドライバーが現れた。メタボ体型のこの男、元々は気のいいフレンドリーな性格だったようだが、どうやら離婚によって前妻や離婚調停した弁護士からさんざん嫌な目に遭ったらしい。弁護士と弁護士と懇意にしている女性を、とことん憎んでいる。

 現代社会はとてもシビアだ。ただ真面目に働いているだけでは、生きていくことができない。職場ではよりよい成果を求められる。新しく導入されたシステムにもすぐ順応しなくてはならず、労働条件は過酷になる一方。精一杯の努力をしているにもかかわらず、家族もよりよい給料とよりよい生活を容赦なく求めてくる。ほんの少し息を抜くことも、病気で休むことも許されない。男は体重が増えていくのと同時に、ストレスもどんどん増えていった。

 殺人ドライバーの心の中のコップはすでに水が溢れ返っているどころか、怒りの圧力でコップが粉々に壊れてしまっている状態だった。男はもうどうにも止まらない。アグリーマネージメントなんてメソッドでは、自制することができなくなっていた。いちばん身近にいた、クラクションを鳴らした母子に怒りの矛先が向かってしまう。

 スピルバーグ監督の『激突!』やルトガー・ハウアーが謎めいた殺人ヒッチハイカーを演じた『ヒッチャー』(86)と違い、西ドイツ出身のデリック・ボルテ監督が撮った本作は殺人ドライバー役をラッセル・クロウに演じさせることで、リアリティーのある恐怖を狙っている。『グラディエイター』では信念を貫く剣闘士、『ビューティフル・マインド』(01)では繊細な数学者を演じたラッセル・クロウが怒りに身を任せ、自暴自棄に陥ってしまう。

 おそらく殺人ドライバーは彼なりの信念を持ち、また繊細な心の持ち主でもあるはずだ。ちょっとしたボタンの掛け違い、感情の暴発が起因となって、誰もがあおり運転の被害者になってしまう可能性だけでなく、あおり運転をしてしまう側にもなりうる怖さを本作は描いている。昨日まで人気者だったセレブが、一夜にしてバッシングの嵐を浴びることが多々あるSNS社会にも似たものを感じさせる。被害者と加害者が、人気者と嫌われ者が、一夜にして入れ替わるのが現代社会だ。

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