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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム > 週刊誌スクープ大賞  > 「小室圭文書」と弁護士口調の貫禄

小室圭さん“結婚へのキーマン”は美智子上皇后――「小室圭文書」の公開と元婚約者をめぐる弁護士口調の貫禄

橋田壽賀子、田中邦衛…ふたつの巨星が残したもの

 だが、ネットでは、一人娘の楊家楽(32)の華麗な経歴で持ち切りだと、文春が報じている。

 彼女はアメリカ・ワシントンにある私立高等部に入学して、卒業後は、名門エール大学に進んだ。

 大学では奨学金を受け取っていて、その額は7年間で日本円で約4620万円にもなるという。

 父親の楊は、イギリスで学んだあと、帰国後、外交部翻訳室に配属され、父ブッシュが訪中した際には通訳として陪席し、その後、ブッシュ父子とコネができたといわれるそうだ。

 娘は今も母親と一緒にアメリカに暮らし、ニューヨークのマンハッタンの200万ドルといわれるコンドミニアムに住んでいるという。

 そんな楊が、声高に反米をいっていいのだろうか。また、楊と日本通の王毅国務委員兼外相とはそりが合わないのは、中国でも有名だそうだ。

 アメリカも中国も、自分たちの思惑があり、周辺国を自国に引き入れようと、あの手この手を繰り出しているのだ。

 外交下手の日本が、軽々に、片方に寄りすぎるのは、国益から考えても危険であるといわざるを得ない。

 2人の巨星が墜ちた。脚本家の橋田寿賀子は熱海で一人暮らしだった。夫はTBSプロデューサーの岩崎嘉一だが、肺腺がんで60歳の若さで亡くなってしまう。文春によれば、晩年は安楽死に関心を寄せ、「頭がボケたまま生きることだけが恐怖だ」と、安楽死を受け入れてくれるスイスの団体に興味を持っていたという。

 だが、つい最近まで、さまざまな問題について週刊誌などにコメントを出していたから、その心配はなかったようだ。

 

 瀬戸内寂聴は朝日新聞(4月8日付)で、橋田と会った時、「死ぬまで戦争反対だと言った時は、握手を需(もと)められた。大きな掌(てのひら)に、私の小さな掌は包みこまれて幸せだった」と手記を寄せている。NHKの連続テレビ小説『おしん』は長く語り継がれるだろう。

 俳優・田中邦衛の死も、多くの週刊誌が悼んでいる。

 岐阜県土岐津町の百年以上続く美濃焼の窯元の家に生まれた。短大卒業後、俳優座養成所の試験を2度落ち、故郷の中学で代用教員をしている。

 文春によれば、「英語の授業で黒板にレッスンを『LESON』と書いて、生徒から『先生、Sがひとつ足りません』と(笑)。こりゃダメだと再び役者の道を目指したんです」(『北の国から』からの演出を手掛けた杉田成道)

 若大将シリーズや高倉健との『網走番外地』、深作欣二監督の『仁義なき戦い』で名脇役として比類なき存在感を持つ俳優になっていく。

 30歳の時に3歳下の女性と結婚、2人の娘をもうけた。酒は飲まずギャンブルもやらない。売れっ子になってもスタッフとの垣根をつくらなかった。電車に乗って撮影所に通い、「GUCCI」とマジックで書いた紙袋をカバンがわりにしていたという。

 公の場に姿を見せたのは2012年8月、『北の国から』で共演した地井武男のお別れの会だった。同ドラマの「2002 遺書」で田中はこういっている。

「うまくいえんが、遺すものはもう遺した気がする。金や品物は何も遺せんが、遺すものは伝えた気がする」

 そう、彼からは人間として生きていくための大切な多くのことを教えてもらった。享年88。

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