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日刊サイゾー トップ > 社会  > 国軍もスー・チーさんも呪術を信じる?

国軍もスー・チーさんも呪術を信じる? クーデターで混乱するミャンマーの政治は“黒魔術”が関係している!

スー・チーさんはミャンマーのリスクか?

――国軍と少数民族との戦いは宗教紛争という面だけでなく、英国による植民地統治時代にさかのぼる領土の奪い合いという面があり、欧米や日本のメディアではロヒンギャ問題は「仏教ナショナリズムに基づくミャンマー国軍がイスラム教徒であるロヒンギャを迫害している」というアングルでとらえがちだけれども、それは偏った見方だとも春日さんは書かれていましたよね。

春日 国連も欧米メディアも、17年に発生したロヒンギャの過激派武装組織による蜂起に対して国軍が掃討作戦を行い、難民が大量に発生して隣国バングラデシュにまで押し寄せたことを「ロヒンギャ危機」と呼んで注目するようになり、熱心にロビー活動をしているイスラム教徒に同情的です。国連人権委員会の報告書を丹念に読んでも、ロヒンギャの立場は擁護している一方、ラカイン人やビルマ人がロヒンギャの武装組織に殺されたり、国内避難民が発生したりしている点はほぼ黙殺しています。その偏向をメディアも盲信している部分がありますね。

 しかし、今回のロヒンギャ危機以前から、ミャンマーでは長らく仏教徒とイスラム教徒のいざこざは起きていました。民政移管(11年)以降、対立が顕在化します。ミャンマーは多様な民族をひとつの国に束ねてずっと続いてきたわけではありません。今はビルマ族が中心ですが、その人たちがもともと住んでいたのは現在のミャンマー中央部です。それ以外の土地には別のさまざまな民族が住んでいた。植民地時代もイギリスがすべてを統治していたわけではなく、間接統治だったり、地域によって自治が認められていたりしていた。それを独立運動の中心になったスー・チー氏のお父さんであるアウン・サン将軍が少数民族と連携することで、ひとつの国として独立を果たした。しかも、例えば中国国境沿いに住んでいるシャン族とは「ビルマ独立から10年後には分離独立する権利を認める」という約束をしていた。ですから、少数民族はそれぞれ経済的にやっていけるなら自治したいという想いがずっとあるのです。

――そういう中で国をひとつにまとめ続けるには、軍事力がなければ難しい?

春日 ええ。そのため、ミャンマーで内戦を終結させることはとても困難です。軍は政治の中枢にいて、武力を行使しながら多民族の利害を調整する役割を放棄するわけにはいかない。憲法上も軍は自ら政治にかかわる責務を義務づけている。スー・チー氏率いるNLDが今回の選挙で勝ち、スー・チー氏が超法規的に国家の最高指導者である「国家顧問」にとどまっていたとしても、国軍の政治的影響力は保たれ続けたでしょう。むしろ、スー・チー氏が国軍を政治権力から遠ざける動きをしたからこそ、クーデターが起きたと見たほうがいい。彼女は今年75歳ですから、5年くらい待てば自然と政治家としての引退が迫られるわけです。それでも国軍が待たずに行動を起こしたということは、堪忍袋の緒が切れたのだと思います。

――スー・チー氏は国軍を軽視している?

春日 国軍サイドが結局、ロヒンギャ問題にしてもなんにしても民政の政治家ではまとめられず、武力を持った我々でなければ実効力がないと思ったのではないでしょうか。スー・チー氏が国家顧問に就任する以前の、軍出身であるテイン・セイン大統領の時代も内戦の停戦交渉はやってきていて、約20ある少数民族武装組織との間で4分の3くらいの組織と合意を取り付けていた。ところが、スー・チー政権下では少数民族との対話は停滞し、経済政策にしてもなんにしても目新しいことはほとんどありません。テイン・セイン政権のほうが革新的に取り組んでいた。

 ですから、今回のクーデターの大義として国軍側は総選挙で「不正・不備」があったと発表していますが、口実としての面だけでなく、一定部分は本気でそう思っている可能性があります。ろくな実績がないのに、こんなに支持されているのはおかしい、と。もちろん国軍とスー・チー氏との間には多くの確執がありますから、短絡的に見ることはできません。ただ、例えばテイン・セイン政権時代の15年選挙のときも選挙不正は騒がれていたんですね。このときは選管は異議申し立てを受け付けていますが、今回のスー・チー氏は「そんなものはあるはずがない」と一蹴しています。「不正・不備の可能性を検討します」と言って調査する、あるいは譲歩を示していれば、今回のクーデターには至らなかった可能性はゼロではない。

 私はヤンゴン勤務時代に「スー・チー氏の性分はミャンマーにとってのリスクだ」と書いたことがあります。彼女は自分がトップでなければ納得せず、最近は軍に対して「あなたたちは軍務に専念しなさい」という姿勢だった。彼女は国軍によって自宅軟禁生活を強いられていた頃から「政策決定でもっとも重要なのは透明性である」と言っていたにもかかわらず、15年総選挙で圧勝するや、情報統制とメディア規制を強めます。民主主義や仏教的な慈愛を訴える発言と実際の行動との不一致ぶり、さらには、そんなスー・チーを多くの国民が支持するという現実に、軍は我慢しきれなかったのかもしれません。

――春日さんは、今後どんなことに取り組まれる予定ですか?

春日 ロヒンギャは今回のクーデターによって、当分はミャンマー国内に戻ってこられなくなり、今後はバングラデシュで土着化するか、あるいは外国に出ていくかしかないだろうと見られています。私は11年の民政移管以降の国軍と少数民族との関係や仏教徒とイスラム教徒との関係を取材した経緯があり、そのプロセスを整理できればと思います。

(プロフィール)
春日孝之(かすが・たかゆき)
1961年生まれ。ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員。1985年に毎日新聞社入社。95~96年、米国フリーダムフォーラム財団特別研究員としてハワイ大学大学院(アジア・中東史)に留学。ニューデリー、イスラマバード、テヘラン支局などを経て、2012年よりアジア総局長。翌年、ヤンゴン支局長を兼務。18年に退職。著書に『アフガニスタンから世界を見る』(晶文社)、『イランはこれからどうなるのか 「イスラム大国」の真実』(新潮新書)、『未知なるミャンマー』(毎日新聞社)がある。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

いいだいちし

最終更新:2021/03/31 16:53
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