男は家事・育児をしない3世代同居──家父長の波平が女を抑圧するアニメ『サザエさん』は有害か?
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(サイゾー21年1月号「男性学」特集より一部転載)
毎週日曜日の午後6時30分からフジテレビ系列で放送されているアニメ『サザエさん』。2020年10月11日には放送51周年を迎えた国民的人気アニメだが、近年、特にSNS上ではその内容に批判が集まることも珍しくない。例えば20年5月にも、作家の川上未映子が自身のツイッターで以下のような投稿をしている。
「昨夜偶々みた『サザエさん』2年前の再放送。家父長の波平が、成人であるサザエに外出時のミニスカートを禁じ抑圧コントロールするそばで、女児のパンツは丸見え。普段はみないし、もはや時代劇だとわかっていても演出の怠惰と鈍さに辟易。タイトルは『お父さんにはナイショ』」
「正しいか正しくないかではなく単に『手抜き』だと言いたいわけだけど、こうした人物造形やエピソードや演出が国民的アニメとして現在に放送されても大多数の人々にさしたる違和を感じさせないのは『サザエさん』の描く人間関係が『昭和だ』と笑われながらも未だ『よくある普通の風景』だからですね」(いずれも原文ママ)
川上が指摘するように、『サザエさん』における“昭和”な設定・描写は、現代の価値観にそぐわないが、それでいて許容されてしまっている部分もある。
また、磯野家は波平を頂点とする家父長制であり、その中で波平とマスオはサラリーマン、フネとサザエは専業主婦という点において性別役割分業観も色濃い。特に波平に関しては、家事をするシーンはほぼなく、カツオを「バカモン!」と(時に理不尽に)叱りつけたりもする。子どもへのジェンダー教育が重視されつつある昨今、家族が集まる日曜夜のお茶の間に向けて放送することは適切なのだろうか──。
フネが波平を組み敷くラディカルな初回放送
「昭和的な家族像を今、テレビで流すことに問題があるのは確かです。ただ、現代の基準で不適切だからといって、それを単に検閲、排斥すべきではありません」
そう語るのは、専修大学教授で英文学者の河野真太郎氏。検閲がよくないのは、よくいわれる“表現の自由”とはまた別の問題だという。
「現代の政治的な正しさ(ポリティカル・コレクトネス)を基準に過去のある作品を闇に葬ることは、その現代の基準をこれから先も変わらない正しいものとして想定することになりかねないからです。おそらくそんなことはなく、あと10年、20年たてば、今の我々が政治的に正しいと思っている表現も不適切になる可能性は十分にあります」(河野氏)
現在の我々の基準は絶対的なものではない。しかし、だからといって過去の不適切な表現も免罪されるということではなく、過去の作品を批判する際は、現在の基準も今後変わっていくという前提で批判する必要があるというわけだ。
「そうしないと、文化的に許容不可能なものを外側に排斥してしまうだけになってしまうので、我々の今の文化が将来にわたって育つ可能性の芽を摘んでしまう。ゆえに批判をする際は、その作品が過去の文脈においてどういう意味を持っていたのかをできるだけ再構築した上で行わなければなりません」(同)
その意味で、1969年10月5日の初回放送を見ていく必要がある(60ページのコラム参照)。このとき放送されたエピソードは「75点の天才!」「押売りよこんにちは!!」「お父さんはノイローゼ」の3本だ。1本目では、カツオが珍しくテストで75点という高得点を取って帰宅し、サザエやフネに自慢するのだが、その裏で大量の赤点の答案を机の引き出しに隠していることをワカメに指摘される。慌てたカツオは、その赤点の束をより安全な隠し場所である屋根裏へ隠すが、そこに75点の答案も一緒に紛れてしまう。
「その75点の答案を磯野家総出で探すことになるのですが、そこで波平が過去にもらったラブレターがフネに見つかってしまい、激昂したフネが波平を組み敷いて、盆栽用のハサミで波平の大事な髪の毛1本を切ろうとするという、大変に暴力的なシーンが展開されます。また、3本目の『お父さんはノイローゼ』では、病院に行った波平が『子宮がんです』とめちゃくちゃな誤診をされ、先生に泣きつく場面があるなど、そこに抑圧的な家父長としての波平はいない。むしろ、情けない存在として描かれています」(同)
なぜ、そのような表象になったのか? 69年という時期が非常に重要だと河野氏は指摘する。
「男性学の歴史でいうと、70年代にメンズリブという運動が盛り上がりを見せました。これはウーマンリブの男性版といえますが、ウーマンリブが女性の権利運動であったのに対し、メンズリブは男性性を反省する運動でした。具体的には、家事や育児への不参加などに対する反省です」(同)
このメンズリブが、80年代から90年代にかけて学問としての男性学や男性性研究に受け継がれていった。
「そのような時代背景を踏まえて初回放送の情けない波平を見ると、家父長制における権力をひっくり返そうとしているようにも見えます。特に、ごく初期のアニメ版は当時流行していた『トムとジェリー』に倣ったスラップスティック・コメディ路線を採用しているのですが、それも原作者の長谷川町子さんが持っていた、既存のジェンダー体制を崩すようなラディカルさを強調しているように思えます」(同)
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