男は家事・育児をしない3世代同居──家父長の波平が女を抑圧するアニメ『サザエさん』は有害か?
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サザエの尻に敷かれるマスオ的男らしさの問題
他方で、「『サザエさん』は時代錯誤である」という批判に対して、「昭和の時代劇なのだから、いちいち目くじらを立てなくてもいいじゃないか」といった声もある。この点に関しては、ジェンダー研究が専門の社会学者・川口遼氏はこのように語る。
「ジェンダーに関する秩序は、“当たり前のもの”として人々に受け入れられることで正当化されます。ですので、『サザエさん』に限らず、テレビが問題含みのジェンダー関係を無批判的に描いているとすれば、それ自体がそのような関係性の正当化に当たります。特に『サザエさん』はアニメ番組の中でもっとも視聴率が高く、リアルタイム視聴も多い。つまり、日曜の夜に子どもが見ているわけです。であるならば、大人が『昭和の時代劇だから』と受け入れてしまうのではなく、少なくとも子どもとの間で番組内容を振り返るような機会があったほうがよいと思いますね」
では、川口氏から見た『サザエさん』の問題点はどこにあるのか?
「まさに、問題含みのジェンダー関係を“昭和の時代劇”として“受け入れ可能なもの”としてしまっている点でしょうか。サザエさんは、マンガ版ではいわゆる“嫁入り”ではなく、妻方同居のせいか、自由奔放に振る舞うこともありました。それこそ男女同権を訴えたり、ウーマンリブのデモに参加したり。ところが最近では、例えば15年4月、サザエさんがせっかく始めたパートを子どもがかわいそうと2日で辞めるというエピソードが放送されました。こういった内容も現在では珍しくなった3世代同居という世帯形態のせいか、なんとなく“昭和のエピソード”と見られてしまう。しかし、『仕事のせいで子どもに寂しい思いをさせているかも……』というのは現代でもリアルな悩みですよね。本当は現実の問題を、過去のファンタジーとして描いてしまっているわけです」(川口氏)
3世代同居に代わって現在の──特に都市部のスタンダードになっているのが共働きの核家族だが、子育て世代のフルタイム共働きが増えてきたのは10年代以降だという。
「第1子出産時に退職する女性の割合は、90年代から00年代まで5~6割で推移していたのが、10年代に入って育児休業の補償が充実したこともあり、少し減ったんです。そのリアリティが『サザエさん』に対する違和感を生み、別にフェミニストを自認する人でなくても『それはない』という違和感を覚え始めたのだと思います」(同)
なお、3世代同居に対しては、特に育児面ではメリットがあるとして一時期注目されたこともある。しかし、妻の家事・育児負担は変わらないという研究結果があるそうだ。
「例えば、安倍前政権時代に3世代同居が推奨されたんです。3世代同居は保守的な層にも受けがよく、女性の就労にもプラスに働くだろうと。しかし、3世代同居だと、夫の家事・育児時間が短くなり、かつ興味深いことにルンバや食洗機といった家事負担を軽減するような家電の導入率も下がることが調査で示されています。果たして、それがジェンダー平等的にどうかというと微妙ですよね。ですから、よく『マスオさんも苦労している』といわれますが、彼も家事・育児はやっていませんし、むしろ家父長予備軍として手厚く保護されているともいえます」(同)
『サザエさん』における男性のあり方に関しては、冒頭で指摘したように家父長である波平に目がいってしまいがちであるが、このマスオも問題を抱えているようだ。
「男性性の問題でいうと、批判されることで逆に正当化されてしまう男らしさがあるんです。例えば、『ウチの夫は家事・育児をしない』というある種の愚痴が共有されることによって、『結局、男ってそうだよね』と家事・育児をしないことが許されてしまう。英語では『Boys will be boys(男ってしょうがないもの)』とよくいわれるのですが、家父長的=波平的な男らしさではない、どちらかといえば尻に敷かれるタイプの、いわばマスオ的な男らしさですね。それが日常のひとコマとしてサラッと描かれてしまうと意外と気づかないし、ある種の刷り込みになってしまう可能性もあるでしょう」(同)
一方、フネとサザエは完全な専業主婦であるが、このジェンダーロールも問題視されるところではある。
「ただ、今でも子育て中の女性で、フルタイムで働く方は半数を超えていません。特に未就学児がいる場合、専業主婦というのは有力な選択肢。だから、タラちゃんという未就学児を育児中のサザエが専業主婦であるという点に関しては、実態から大きくズレてはいません。また、現在の雇用状況に鑑みるに、女性の場合は非正規雇用が多いですし、単純に共働きを礼賛しづらい部分はあります。もちろん、女性が経済的に自立していることは家庭内の権力関係に大きく影響するので、専業が望ましいとも言い切れない。例えば夫のDVがヒドくても、専業だとなかなか離婚がしづらいという問題もありますから」(同)
このあたりのリアリティを『サザエさん』のフォーマットに落とし込むことで、もう少しジェンダーセンシティブなアニメに寄せていくことは可能なはずだ。もっとも、それは番組の制作サイドが考えることであり、視聴者としては『サザエさん』をある種の反面教師として位置づけ、批評的な視線を向け続けるのが、現状では正しい付き合い方だろう。
(文/須藤 輝)
(絵/川崎タカオ)
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