女性の強さで最大限に最大限の“生”の肯定を描く… 相米慎二監督の異色作『あ、春』
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男性二人を取り囲む個性豊かな強い女たち
さて、この2人の男たちを取り囲んでいるのが、個性豊かな強い女たちです! これがかなりの癖もの揃い。綋と笹一の親子関係を軸に物語が進んでいくのですが、この女たちは振り回されるどころか、逆に振り回しているような存在なんですよね。これが私的、『あ、春』の面白さだと思います!
富司純子さん演じる綋の母親は、ドライブインを切り盛りしていて、お客さんに対して愛想良く振る舞う姿は、かなりのやり手。そもそも父親を「死んだ」と言い切れる強情っぷりだし、途中、ある秘密を暴露して騒がせるのですが、その後のソファに綺麗に座ったまま、しれっとした表情に舌をぺろりと出す姿はもう笑うしかない!「参りました!」と言いたくなる、肝の据わりっぷり。綋と笹一を手のひらの上でころころと転がしているような女性です。
次に、綋と共に暮らす義母役の藤村志保さん。きっちりした硬派な印象ですが、この義母が真面目であるほど可笑しく、周囲も引き立てる存在。お風呂で歌を歌ったり、趣味で描いた絵を家中に飾っていたりと、自分の世界観を持っているようなキャラクター性も良いんですよね。少しだけ見え隠れする色っぽさも魅力的。
この大女優2人の母が脇をしっかり固めてくれていて、湿っぽくなく、あっけらかんと我が道をゆく姿に、女の強さ、を感じるのです。
そしてもう一人、妻・瑞穂を演じる斉藤由貴さんの儚さといったら……! 旦那に賢明に尽くす優しい奥さんなのですが、夫との距離感に不安を抱いていて、情緒不安定気味。夫が寝ている隣で「失われた動物」というタイトルの本と映像を観る虚な目だったり、突然笑いが止まらなくなり夫に打たれ涙すシーンだったり、狂気じみた言動もあるのですが、笹一が現れることで最も変化を見せるのが瑞穂。自由気ままな笹一に関心を持ち、楽しそうに笑う姿は子供のように無邪気で、みるみる生気を取り戻していきます。つかまえておかないとどこかにいってしまいそうな不安定さと、子供にようにはしゃぐ姿のバランスがすごく尊くて、斉藤由貴さんにはまり役なんです。
この三者三様の女性たちの集大成と言えるのが、笹一の遺灰を撒くラストシーンでしょう! 実は笹一、肝硬変の末期で入院し、そのまま亡くなってしまうんです。
しかしまあ只者ではないこの男、普通には死なないのですが、その後遺灰は、笹一に関わった人たちによって海に撒かれます。
元漁師であり、行く当てのない自由な笹一になんとふさわしい最期……! 菜の花が咲き乱れる中、海の上を進む二隻のボート。一隻目に綋と瑞穂の夫婦が座り、二隻目に息子と義母、綋の母親、そして15年同棲していて笹一に生命保険をかけていたらしい富樫八重子という女の4人。この女たち全員の、気持ち良いほど晴れ晴れした表情がもう最高!
「あの人らしくって喜んでますよ~」と清々しい綋の母と、「奥さんなんや若返りましたね」に「あら、そうかしら」と満更でもなさそうな義母。どかんと腰を据えて方言で話す富樫。
みんな各々に遺灰を撒くんですけど、南無阿弥陀仏唱えたり般若心経だったり、遺灰をちょっと舐めてみたりやりたい放題! 適当な感じなのですが、でもそれがまた良いんですよね。笹一に翻弄され、翻弄させた女たちだな~なんて思えて、くすりと笑えてくるんです。
その前を行くボートで、職を無くした綋が途方に暮れているのですが、そんな綋を、瑞穂も晴れ晴れした笑顔で励まします。それは、笹一の死を経て再生した姿。綋の後ろ姿を瑞穂がバシッと叩き、よろめく綋のラストカットがもう、最高!!!エンドロールに夫婦2人の笑い声と、「おーいみつるー!(息子の名前)母さん結構強いぞー!」という綋の声が響き渡ります。ああ……なんと良いラストなのでしょう……!
健気な瑞穂も魅力的でしたが、二隻目にいる図太く逞ましい強い女たちに近づいたような、女としての変化を感じられるシーンとなっていて、韮崎家に希望が感じられます。やっぱりね、女は前に出て男を引っ張っていくくらいじゃないとダメですよね!
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