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Netflix映画『マリッジ・ストーリー』で学ぶ離婚における女子行動学・初級編

──サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が原作を務めるマンガ『ぼくたちの離婚』(集英社)が、3月18日に刊行される。これを記念して「月刊誌サイゾー」で連載中の「稲田豊史のオトメゴコロ乱読修行」から、「結婚・離婚」にまつわるテーマを選りすぐって無料公開します!

Netflix映画『マリッジ・ストーリー』で学ぶ離婚における女子行動学・初級編の画像1

※本文中にはネタバレがあります。

 ここ2年ほど、バツイチ男性に離婚の顛末(と、元妻への恨みつらみ)を聞く──という因果なルポを、某女性向けサイトで連載している。そういう身からすると、都会のクリエイティブ&インテリ夫婦の離婚劇を描いたNetflix映画『マリッジ・ストーリー』は、「離婚で学ぶ女子行動学・初級編」として、なかなかよくできた教材だ。

 主人公はNYで小さな劇団を主宰し、自身が舞台監督でもあるチャーリー(アダム・ドライバー)と、その劇団で看板女優を務めるニコール(スカーレット・ヨハンソン)の夫婦。8歳の息子がひとりいる。不仲の理由は、ニコールの女優としての野心を、チャーリーが認めなかったから。テレビドラマシリーズ出演のオファーを受けたニコールは、かつての夢に再チャレンジしたいが、そのためには劇団を退団してLAに拠点を移さねばならない。しかしチャーリーは、資金が潤沢とはいえない劇団から看板女優が抜けるのを、どうしても阻止したい──。

 なお、監督と脚本を手がけたノア・バームバックも離婚経験者で、元妻は女優のジェニファー・ジェイソン・リー。監督と女優。……おいてめえ、絶対実体験入ってるだろ。

 まずは離婚原因から見てみよう。これは双方の言い分を整理するとわかりやすい。

 妻・ニコール「無名の劇団が注目を浴びるようになったのは、映画女優だった私が劇団に入ったから。その後劇団の評判は上がったのに、私の功績は正当に評価されない。私の働きはチャーリーの活力にエサを与えているだけ。チャーリーは私を独立した人間として見ていない。私は妻と母の役割しか与えられていない。これは完全に搾取よ」

 夫・チャーリー「ニコールが僕の劇団に入ったのは、ニコール自身の意思。映画女優時代に感じられなかった“生きている実感”を持てたのは、劇団に入って舞台女優になったから。なのに僕を責めるのはお門違い。しかも、ニコールがどうしても結婚したいと迫るから、僕は遊びたかったのを我慢してしぶしぶ結婚した。つまり結婚して妻・母になりたいと言い出したのはニコールのほう。なのに、妻や母を求められるのが嫌だって一体?」

 要するに、ニコールは「変化する状況に合わせてくれ」、チャーリーは「最初と約束が違う」だ。ライフステージの変化に応じて自分ごと作り変える女性と、頑なに作り変えない男性。それ系の本には必ず書いてある、典型的な男女の性差である。

 関係破綻が不可避になって以降も、ちょいちょい「情」を男に出してくるのも、女性特有だ。

 例えば、チャーリーとニコールが双方の弁護士同席で裁判前面談をしているシーン。一同は出前ランチを頼むことにするが、チャーリーはストレスで、いくらメニューを見ても食べたいものを決めることができない。すると、いたたまれなくなったニコールが、チャーリーの代わりに素早く彼の注文を決める。長年連れ添ったパートナーだからこそ、チャーリーの好物は手にとるようにわかるのだ。……という「ほっこりシーン」だ。ほかにも、ニコールがボサボサになっているチャーリーの髪の毛を切ってやるくだりもある。

 泥沼離婚経験のない男性視聴者は、これらを見て、「やっぱり夫婦の絆は深いなあ。なんとか復活できるといいのに」などと無邪気な感想を述べる。が、おそらくニコールに夫婦関係を修復させる意思は、1ミリたりともない。

 女子は、そういうものなのだ。泥だらけのショボくれた捨て犬を見かければ頭を撫でて労りたくなり、土砂降りで濡れねずみの中学生男子を見れば傘を差し出したくなる。しかしその犬を飼う気や、中学生男子に「お姉さんのココに、その熱いのを挿れてごらんなさい♡」などと耳元で囁く気は、まったくない。母性、保護欲、人間愛。そのいずれか、もしくはミックス。それが、ニコールが取った行動「代わりにランチを決めてやる」の本質だ。

 女子は「優しくする」。好きでも嫌いでもない男子が消しゴムを忘れたら、ちゃんと貸してくれる。それは「情」であって「愛」ではない。消しゴムを自分ヘの恋愛的好意と取り違えた男子を待っているのは、目も当てられない辱めだ。

「終わった関係」に対する感情の持ちようにも、男女の性差がよく表れる。例の「男は別名保存、女は上書き保存」というやつだ。

 本作は、冒頭でチャーリーがニコールの、ニコールがチャーリーの長所を切々と読み上げるという、微笑ましいシーンから始まる。お互い人間的にはリスペクトし合っている、にもかかわらず離婚しなければならない。そんな歯がゆさに、不条理に、理不尽に、多くの視聴者が心を痛める。

 映画終盤、離婚が成立して時がたち、新しいパートナーと再婚したニコールのもとを訪れるチャーリー。彼は、自分の長所が書かれた紙(ニコールの直筆)をたどたどしく音読している息子の姿を、ニコールの部屋で見つける。息子に寄り添い、続きを音読するチャーリー。やがて涙声になる。そこに無言で背後からしのび寄るニコール。ニコールもまた泣いている。

 ここを本作でもっとも印象深いシーンとして挙げる視聴者は多い。しかし、男性諸氏は間違えてはならない。ここでのチャーリーとニコールの涙の意味は、まったく違う。

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