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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 本・マンガ  > 『泣き虫チエ子さん』が描く“幸福論”

マンガ『泣き虫チエ子さん』子どもを作らないことを選択する──益田ミリが描く“幸福論”

出産して一番良かったのは、子作りをしない理由を用意しなくてよくなったこと

 筆者の知り合いのアラサー女性が、「結婚して一番良かったのは、結婚していない理由を自分の中に用意しなくてよくなったこと」だと言っていた。この「結婚」を「子作り」や「育児」に置き換えても、ある程度は成り立つだろう。

「常にVTR明けスタンバイ状態」は実にカロリーを使う。同様に、子なし夫婦は子あり夫婦に比べて経済的に楽である代わりに、毎日をすごすために必要とするメンタルカロリーが高い。チエ子とサクちゃんのように、1秒も気を抜くことなく感受性をフル稼働させ、綻びのない完璧なエクスキューズを常備して、初めて毎日を不都合なく送ることができる。燃費の悪いエンジンを積んだクルマで歩む人生のようだ。

 まさに劇中、人生ゲームに興じるチエ子は、自分たちの人生を2人しか乗っていないクルマ型のコマに見立て、サクちゃんに確認を求めるように問うた。「楽しい?」と。

 4人乗り乗用車がデフォルトの日本社会において、2人しか乗れないクルマ―大抵は割高なスポーツカー──のオーナーになるのは覚悟がいる。会う人会う人に聞かれるからだ。「なんで買ったの? 2人しか乗れないのに? 燃費が悪いのに?」

 胸を張ってスポーツカーのオーナーになるには、そういったノー・デリカシーな質問攻めに負けない、かつ普通のファミリーカーに比べて割高の維持費にへこたれない、鉄のメンタルが必要だ。加えて、「幸福」と「愛情」を口に出して一生吟じ続けられる、職業エッセイスト並みの才能とプロ意識も同様に。

 その覚悟がないなら、燃費が良くて維持費が安くて4人乗れる、ホンダのN-BOXでも買っておくほうがよいのかもしれない。ご近所に質問攻めされる心配は無用。助手席に向かっておずおずと発する「楽しい?」も、後部座席の賑やかな喧騒にかき消されて、きっと届かないから。

「月刊サイゾー」2018年1月号より転載

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/03/12 14:00
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