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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 映画  > 映画『ブルーバレンタイン』夫婦破綻物語

夫婦仲が破綻するわけを読み解く、最悪の教本になる映画『ブルーバレンタイン』

夫婦関係の破綻は、生まれついた病のごとく避けられぬ受難

 さらに事態が進行すると、妻の感情は怒りよりも謝罪の比率が高まってくる。こうなったらもうXデーへの秒読みだ。この時点で妻は夫に、愛なんか抱いていない。あるのは、自分がこんな矮小な存在を翻弄し、踏みつけ、くたびれさせてしまったことに対する「申し訳なさ」だ。

 まとめると、妻が夫に抱く感情は、「【1】愛→【2】憎しみ(怒り・不満)→【3】憐れみ→【4】申し訳なさ(謝罪)→【5】無関心」の順に5つのステージを経て冷めていく。「愛」の逆は、憎しみではなく無関心──とはよく言われるが、途中段階の感情も埋めると、こんな感じである。

「申し訳ない」という感情がデフォルトになった人間は、罪悪感にさいなまれて自尊心を低下させる。そして悪いことに、自尊心が低い人間はパートナーが自分に向ける愛情を手放しでは信じられない。なぜなら、「自分みたいな者を愛する人間なんて、ろくなもんじゃない」と、相手の選球眼自体を疑いにかかるからだ。一昔前のメンヘラ女がポエティックにひとりごちていた「私を好きな人なんて、嫌い!」マインドである。この段階で夫がいくら「君を愛している」と言おうとも、妻にはまったく届かない。手遅れ、末期だ。

 しかも、この段階まで来ると今度は夫のほうも妻に「申し訳ない」を連発しはじめる。あんなに強気だった妻に「申し訳ない」と言わせたことに対して、「申し訳ない」と返杯せざるを得ない空気が醸成されるからだ。ディーンとシンディも最後の最後に謝罪合戦を繰り広げ、自尊心は共倒れの乱高下。文字通りのご破産だ。

 2人になんの瑕疵もないのに、なぜこんなことになってしまうのか? 世の離婚していない夫婦は、一体どうやってこの事態を避けているのか? 甚だ疑問だが、実は冒頭の男性の言葉には続きがある。 「結婚したら、人生最大の興味を奥さん以外のものに即刻変更すること。仕事でも趣味でも子どもでも、なんでもいいから」

 最愛の女性に人生最大の興味を抱いたからこそ結婚を決意したのに、結婚した瞬間に興味の対象から外さねばならないとは……。結婚とはなんなのか。夫婦とはなんなのか。花を永遠に枯らさないようにするには、最初から造花を買うべきなのか。今夜も深酒が止まらない。

「月刊サイゾー」2017年7月号より転載

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/03/10 14:00
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