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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 映画  > 『ゴーン・ガール』夫婦鬱映画の傑作

『ゴーン・ガール』男は女の求めるものが理解できない!  観れば結婚したくなくなる夫婦鬱映画

エイミーはメンヘラでも異常者でもない

 しかしエイミーは、否、世の女性は違う。妻が夫に求めるのは、夫が不特定多数の他人から尊敬されること……ではない。夫が自分だけのために、彼にとって明らかに有意義でない時間を自分のために使ってくれることだ。どれだけ(夫にとって無駄な)カロリーを費やしてくれたかだ。それによって妻は愛の量を測る。内容のないおしゃべりやエンドレスに続く愚痴、夫にとって1mmも興味のない買い物に付き合うこと。それが夫にとって有意義でないことくらい、妻にもわかっている。その上で、「煩わしさ」というコストを、気前よく自分にだけ支払ってくれるのを望むのが妻なのだ。

 エイミーは狂言失踪によってニックが自分にたくさんの時間を費やし、心を痛めて苦しんだ(カロリーを大量消費した)ことに無上の喜びを感じた。ニックが世間からバッシングされようが、卑劣漢扱いされようが、関係ない。ニックの世間評価が下がった分、自分に矢印が向いたなら、それでいいのだ。

 この映画が(男にとって)本当に怖いのは、エイミーがメンヘラでも異常者でもないということである。エイミーの思考回路は宇宙人のそれではない。女性脳的には完全に筋が通っている。だからこそ、多くの既婚女性がこの映画を観た後に、デトックス療法でも終えたかのように「あー、スッキリした」「そうそう、そういうこと」「え、男の人ってこの程度のことも分かってないの?」とつぶやいた。

 終盤、離婚することもできず、妻の暴走による妊娠も発覚し、暗黒の人生を歩むことが確定したニックは、偽りの結びつきでお互いを苦しめる関係は間違っていると異議を唱えるが、エイミーは即答する。「それが結婚よ」と。この瞬間、日本の非婚率が少し上がった音が聞こえたのは気のせいではあるまい。

 ちなみに冒頭で説明した「夫婦鬱映画」だが、ここ10年ほどの不動の四天王は『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』『ぐるりのこと。』『ブルーバレンタイン』『夢売るふたり』であったが、ここにめでたく『ゴーン・ガール』が加わって5傑となった。心療内科、もとい離婚相談所へ行く前にでもまとめ見して、ぜひマインドセットの一助とされたい。貴殿の人生が平穏であらんことを。レスト・イン・ピース、もとい、ラブ・アンド・ピース。

「サイゾーPremium」2015年4月の記事より転載

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/03/07 14:00
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