弱者を依存症と死に追いやり日米社会を蝕む処方薬の闇! 米国ではオピオイド、日本ではベンゾの被害が蔓延
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──米国ではミュージシャンのプリンスや俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンが過剰摂取し、その死亡の原因となったオピオイド。2017年にはトランプ大統領が非常事態を宣言するなど、近年は“オピオイド危機”と呼ばれる社会問題になっている。そうした状況は対岸の火事にも思えるが……。(「月刊サイゾー」12月号より一部転載)
2019年の米国で、薬物の過剰摂取で亡くなった人は約7万2000人。そこで乱用された薬物の多くはオピオイドとされている。
オピオイドとは、ケシの実(アヘン)から生成される麻薬性鎮痛薬やその関連の合成鎮痛薬の総称。日本ではモルヒネがよく知られているが、米国ではパーデュー・ファーマ社の鎮痛薬・オキシコンチンを入口に、依存症者が急増した。その状況は「オピオイド危機」と呼ばれ、00年代に入った頃から徐々に社会問題化。17年にはトランプ大統領も公衆衛生上の法に基づく国家非常事態宣言を行った。
一方の日本では、オピオイドの乱用や依存症の問題はほとんど出ていないが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬において、依存症の被害が深刻化している。
日米の社会を蝕むこれらの薬物は、いずれも医師の診断をもとに処方される処方薬。そして両国の問題の背景には、類似した社会状況も見て取れる。本稿ではそうした日米の処方薬依存の現状を、有識者の声をもとに紐解いていく。
まずは米国のオピオイド危機について。米国は各州での合法化を巡り議論が続く大麻(マリファナ)をはじめ、ドラッグと日常との距離が日本以上に近い国だが、近年のオピオイド危機ではなぜ問題が大きくなったのか。
今年に日本で発売された書籍『DOPESICK~アメリカを蝕むオピオイド危機~』(ベス・メイシー著/光文社)の訳者で、自身もジャーナリストとしてオピオイド問題を追いかけてきた本誌連載陣のひとり、神保哲生氏に話を聞いた。
「米国に依存性のある薬物が蔓延し、依存症者が大量に出た時期は過去にもありました。南北戦争時に流行したのも、オピオイドの一種であるモルヒネです。そして近年のオピオイド危機については、鎮痛薬として処方されたオキシコンチンが入口となり、より濃度が高く、依存性の高いオピオイドが流行したため、被害が甚大になった点が特徴といえます」(神保氏)
たとえば16年に亡くなったプリンスが過剰摂取していたフェンタニルは、強力なオピオイドの代表例。その強さはモルヒネの50~100倍とされている。そして近年は、フェンタニルのさらに100倍の効力を持つカルフェンタニルも中国などから米国へ流入。オンラインで容易かつ安価での輸入が可能な状況が続き、医師の処方を介さずに闇市場でも出回るようになった。
「そうしたオピオイドは依存性も非常に高いため、オーバードーズによる死者も多く発生。心身の離脱症状も激しいので、入手の手段を選ばずに犯罪に手を染める人も増えていきました」(神保氏)
また依存症者の多くが白人だったことと、経済的に苦しい内陸部から被害が拡大したことも近年のオピオイド危機の特徴だった。その背景には、米国の医療保険制度の問題があるという。
「オキシコンチンは処方薬のため、日常的に医者にかかっている人でないと処方がされません。4000万人以上の無保険者がいた米国では、無保険で所得の低い人たちは、そもそもオキシコンチンの処方と縁がなかったわけです。そしてオキシコンチンを販売するパーデュー・ファーマは、65歳以上の人が対象の『メディケア』、低所得者向けの『メディケイド』といった公的保険の対象者が多く住むエリアを狙い、営業戦略を打ち立てました」(神保氏)
そこが白人が多く住むエリアだったわけだ。
「いわゆるラスト・ベルト(さびついた工業地帯)やバイブル・ベルトと呼ばれるエリアで、かつては鉄鋼や自動車、炭鉱などの産業で栄えた地域です。そうした地域では労働組合もしっかりしているため、公的保険の加入者が多く、肉体労働で膝や腰を痛めた人も多い。パーデュー・ファーマは、そうしたエリアの医師に接待等を行い、オキシコンチンを積極処方させ、患者を依存症にして利益を伸ばしていきました」(神保氏)
そしてオピオイドの依存は、比較的裕福な白人にも拡大。若年層での被害も深刻だった。
「米国では学校で行われるスポーツも保険対象となるため、スポーツで怪我をした学生にもオピオイドが処方されてきました。そして大勢の生徒が訪れる学校の指定医などが、製薬会社に取り込まれてオピオイドを大量処方すると、多くの余剰オピオイドが発生する。それを学生たちがパーティで回し飲みして、さらに被害が拡大した。これが裕福な郊外エリアでのオピオイド依存拡大のひとつのパターンで、やはり被害者は白人が中心でした」(神保氏)
なお白人にばかり依存症が広まった背景には、「米国では医師に白人が多いこと」も関係しているという。
「米国の医師たちは、オキシコンチンに代表されるオピオイドを、黒人に対してはあまり処方しない傾向がありました。この行動は『黒人に薬を与えると乱用もするし依存症にもなるはずだ』という、明らかな偏見にもとづいたものだったことが医師らに対するアンケートで明らかになっています」(神保氏)
そして米国に根強く残るドラッグカルチャーも、依存症の拡大を後押しした。
「オキシコンチンは薬の成分が少しずつ・長時間放出され続ける徐法性製剤。特殊なコーティングにより、服用後は12時間ほど鎮痛効果が持続する点が最大のセールスポイントでした。ただ、内部の成分に強い依存性がある点は変わらず、成分の濃度は従来の鎮痛剤より遥かに高いものでした。そこで米国では、その錠剤を砕いて鼻から吸ったり、蒸留水で溶かして自分で血管に注射したりする人が出てきたわけです。ドラッグに関してそのようなノウハウが存在し、実際に器具も出回っていた点は、日本にはない特徴でしょう」(神保氏)
こうした乱用の問題もあり、製造元のパーデュー・ファーマは10年になってオキシコンチンの製剤方法を変更する。その後のオキシコンチンは、粉砕するとゲル状になるため、粉末として使用ができなくなった。
「しかし、その変更がなされるまでには10年以上の月日がかかってしまった。その時点で依存症者はすでに全米に広まっていました。処方薬のオキシコンチンが根を広げ、そこからより依存性の強いオピオイドの乱用者が増えていったのが、今のオピオイド危機の実態というわけです」(神保氏)
そして経済的に苦しむ内陸部から、より豊かな郊外へと拡散していったオピオイドの依存症に対しては、メディアの報道や対応も遅れを取った。
「『DOPESICK』の著者のベス・メイシーはバージニア州西部の地方新聞『ロアノーク・タイムズ』の記者でしたが、こうした地方紙の記者もオピオイドの問題には長く気づけませんでした。というのも、オピオイドが拡大していったのは、インターネットの隆盛などによって、地方紙が衰退の一途をたどっていた時期でと重なっていたからです。こうやってオピオイド危機の背景を見ていくと、現在の米国のさまざまな分野の社会問題がオールスターのような形で揃っています」(神保氏)
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