出所した元ヤクザは不寛容な社会でどう生きる?西川美和監督の社会派ドラマ『すばらしき世界』
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西川監督が高校時代に見た、忘れられないTVドラマ
役所広司は、西川監督の師匠・是枝裕和監督の法廷サスペンス『三度目の殺人』(17)で殺人事件の容疑者を演じ、白石和彌監督の『孤狼の血』(18)ではヤクザ以上にヤクザっぽい暴力刑事を快演した。カメラの切り取り方次第によって、善にも悪にも映る非常に稀有な俳優だ。
西川監督が役所広司をキャスティングするきっかけとなったのは、1991年に放映されたTVドラマ『実録犯罪史シリーズ 恐怖の二十四時間 連続殺人鬼 西口彰の最期』(フジテレビ系)だった。この2時間ドラマで役所広司は、詐欺と殺人を繰り返した西口彰を演じている。西口は『復讐するは我にあり』の主人公のモデルである。
役所演じる西口は弁護士を装って、冤罪事件を支援する僧侶一家からお金を騙し取ろうとする。その一方、グレていた一家の長男を寝床に呼び寄せ、こんこんと説教する。殺人鬼でありながら、死刑制度を批判し、不良少年に更生を誓わせる二面性のあるおかしな男を巧妙に演じてみせた。当時まだ高校生だった西川監督は、このときの役所のイメージが強烈に印象に残っていたそうだ。30年越しでのキャスティングということになる。
原案小説のタイトルとなっている「身分帳」とは、入所者の経歴や家族関係、刑務所内での態度などが記された書類。前科者にとっての履歴書みたいなものだ。曲がったことが大嫌いな主人公は融通が効かず、刑務所内でも数々のトラブルを起こしてきた。自分の考えを曲げるよりも、懲罰房に入ることを望んだ。若い頃から更生施設や少年院を転々とし、全国各地の刑務所を経験している。そのため、身分帳は膨大な量に及んだ。身寄りのない彼にとっては、この身分帳だけが生きてきた証だった。
原案小説の主人公は、終戦直後の混乱のなかで少年期を送っており、米軍将校宅でボーイとして可愛がられたものの、戸籍を持っていなかったために米国に帰還する将校の養子になることはできなかった。どこにも行き場がなかったため、その後はヤクザものとして生きてきた。日本の高度経済成長を、裏社会からじっと見つめてきた。日陰の人生を歩んできたひとりの男の生涯を、佐木隆三はノンフィクション小説として書き記した。『身分帳』には親の愛情を知ることなく育ってしまった男の立場から見た、もうひとつの日本の戦後史が描かれている。西川監督はこの小説に感銘して映画化を決意し、役所広司がその想いにきっちりと応えてみせた。
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