クロサカタツヤ×山口真一──新進気鋭の研究者が語る情報社会で私たちが大切にすべきこと
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山口 今、考えるべきなのはお金の競争ではなくて、時間の競争だと思っています。基本無料が当たり前になると、制約がお金ではなくて時間になります。人が活動する時間は16時間ですから、当然そこの奪い合いが激化していくだろうと。だから、ゲームの競争相手は同じゲームだけじゃなくて、YouTubeだったりする。これまでの経済学は市場における価格の競争しか考えていないので、時間をめぐる競争のメカニズム解明に関心があるところです。
クロサカ 時間の価値を評価する方法として、比較的多いのが金銭価値への変換です。ダイナミックプライシング【編註:需要と供給の状態に合わせて製品の価格を随時変動させることによって、最終的な売り上げを最大化する販売戦略のこと。単純な例としては、売れ行きが好調なときは高値で売り、低調な場合は安値で売るといったやり方】の研究はすでにありますが、消費者の立場からすると、飛行機のチケットを早く買うと安くなったり、スーパーのお惣菜の賞味期限が近づくと安く買えたりするのは、悪いことじゃないと理解できる。一方で、コロナ禍によってウェブ会議が主流になると、1日に10件とか会議や打合せが詰め込めてしまう。この状況を私自身も理解できていないんですよ。時間ってどうすればいいんでしょうか。
山口 そこは非常に難しい話です。インターネットが普及し無料のものが増えた中で、国全体の経済を見るのにGDPだけでは不十分だといわれています。私が以前やった研究で、「人々による情報の共有」という無料での活動が、消費者余剰という経済活動には現れない便益がどのくらいになるのかを検証しました。その時は金銭価値に置き換えると、年間で18兆円ほどになりました。おそらく、今後産業構造が変わっていくなかで、単純なお金の取引量で国の経済力を測っても意味がない、という議論が出てくるでしょう。その時に、価値の指標として時間が出てきます。いまは時間も、金銭価値に変換して測定していますが、それはナンセンスだと思っていて、突きつめていけば金銭価値以外の測り方が出てくるでしょう。その中で、限られた時間の奪い合いが競争構造の中で重要になってくるんだと思います。
クロサカ 1日10件も打ち合わせをしていると、なかには楽しくない打ち合わせもあります。山口さんの本の中で、ソーシャルによって体験の価値が高くなっているとありました。ただ、体験の価値は金銭価値として表現できないですが、参加している人たちが楽しむことができるかできないかが重要です。つまり、時間の価値について全ての人が納得できるメトリクスはないと思いますが、少なくともある個人にとっては楽しく過ごせた時間には価値がある。さらに、それがお互いに楽しく、相互に体験価値を提供できる状態というのが、Web会議による打ち合わせ過多な状況下では、大なり小なり皆がそうなっていくと思います。
山口 過ごしている時間の価値は、その時の体験次第だというのは当たり前ですが、それを金銭に置き換えると100万円だと思う時もあれば、マイナスだと感じる時もある。だからこそ、自分が良い体験をするだけでなく、相手もそうであるべき。打ち合わせなら、相手も時間を使ってくれているのだから、楽しくしようという意識をひとりひとりが持つことは、この状況下ではすごく重要になってくると感じます。
クロサカ それはすごく難しいことじゃないですか? 仕事の能力に加えて、エンターテイナーとしての能力が求められてしまう。芸人みたいに、即興でその場を楽しませながら、ちょっとためになる話もしなきゃいけない。だとすると、そういう能力を身につけられる人と、受け身になって消費する人とで、激しく差がついてしまう。ニューノーマル時代の格差って、芸人的能力によって生みだされる格差なのかもしれない。
山口 でも、今の状況下で相手の立場に立ってものを考える、あるいは時間の価値を重視できる人なら、次の機会だけでなくいろいろなことにつながっていくと思います。コロナ禍で指摘されていることのひとつに、新入社員が出社できず、研修も受けられないことだけでなく、そもそもネットワークを広げることができないというのがあります。そうすると、一部の能力があって相手に価値を提供できる人と、そうじゃない人の差は今まで以上に広がってしまうかもしれないですね。
クロサカ 実際にそれができる人は、5%とかそのくらい。そうではない95%の底上げを図るのは、ものすごく大変だと思うんですよ。日本人全員を芸人にするようなもの。だとすると、5%の新しいスタイルを獲得した人たちの知見を、リスペクトしながら徹底的に分析して、少しでも近づけそうな人を育てるのが合理的なのかなと思い始めました。
山口 おもしろいですね。ただ、人にはいろいろな適性があって、そういうことができる人もいれば、できない人もいます。だから、5%の人たちを分析してそれに周りを近づけるだけでなく、5%の人たちと残りの95%の人たちをうまくチームに組み込む方法が必要なのかもしれません。ひとりひとりが異なる適性を持つなら、能力をきっちり見極めた上で適切にチームメイキングすることが今後さらに求められるのかな。調整や事務作業がものすごく得意な人に対して、お前は創造力が足りないっていう評価をするのは意味ないし、逆もしかりです。
クロサカ 一方で、AIによって議事録を作成するといった作業が自動化する方向に進んでいて、そうするとAIにできることをどこまで人にやらせるのか、という判断をする場面が出てくる。人間の多様性を尊重してテクノロジーをうまく活用しながら、でも経済的な価値はある程度追い求める。社会としてこのバランスをとっていくことは、ものすごく難しい時代です。
山口 だとすると、全ての人に求められてくるのは、“他人を尊重する”という当たり前のことだと思います。これだけ個人がつながり、情報発信できるようになり、将来は感覚などより多くの情報を共有できるようになるでしょう。そうすると、人のつながりは、より広く濃くなり、そういった中では他人を尊重しないと社会が成立しなくなってくるし、その人自身も損をすることになる。ソーシャルメディアにおいて重要な考えだけど、それはまだ始まりで、もっともっと重要になってくる。もうひとつ重要になってくるのは、学ぶ姿勢を崩さないこと。今の時代は、ひとつのことや教えられたことだけやっていればいいわけではない。得意なことだけでなく、他の面でも適性があるかもしれない。それを他の人から学ぶという姿勢を意識することが求められていく。自分が調子に乗らず相手を尊重することになるし、それは成長につながるんですよね。結局、人は成長してナンボだと思っているので、それはwith コロナでもっともっと求められていくんじゃないかなと思います。
<対談を終えて>
「それってもしかすると、イノベーションのジレンマ、かもしれませんね」
対談をほぼ終えたあと、山口先生と私のどちらからともなく出てきた言葉でした。論じている対象は、コロナ禍で炎上するSNSおじさんたちです。
ツイッターが普及して、もう10年以上がたちます。日本では後塵を拝することになったといわれたフェイスブックも、やはり気がつけば社会に定着して相応の時間が流れました。いわゆる「インターネット老人」というのは以前から指摘されていましたが、すでにSNSの古株も一定以上の存在感があるように思えます。
こうしたSNS老人たちが、コロナ禍であちこちに「炎上」を起こしていました。もとより可燃性があり、場合によっては確信犯のように炎上を楽しむきらいさえある彼らですから、本人にしてみればそれほどの痛手は負っていないのかもしれません。しかしはたから見ていると、今回は彼らをしても予想外の展開が、いくつか見られたような気がします。
たとえば、従来であれば炎上を仕掛けるSNS老人には、援軍たる「フォロワー」がそれなりにいました。そして、SNS老人に対して異論を唱えた者を見つけたら、フォロワーたちによるカスケード攻撃で相手の戦意を喪失させる、というようなパターンがしばしばみられました。
ところがこうした戦い方がコロナ禍では必ずしも通用せず、SNS老人のツッパリに対して「それはおかしい」という反論が上回り、むしろ不利な状況に追い込まれるという光景を、何度も目撃しています。フォロワーたちの攻撃も虚しく、「炎上上等のSNS老人は悔い改めるべき」といった論調まで、一部では形成されていたように思います。
どのような変化がなぜ起きたのか(または起きているのか)。まだ現象を観察している段階であり、その構造はまったくわかりません。ただ、新型コロナウイルスによって、私たちのネットやデジタル技術の利用には、自分自身や大切な人の生命・健康を守るという、従来には理解されなかった「大義」が生まれました。そしてネットやデジタル技術への依存も増える中、これまで放置してきたSNS老人たちのわがままや無礼を、多くの人たちが看過できなくなったという可能性が、仮説としてありうると思っています。
もしかすると私たちは、ネットが社会の中で新しい位置づけを獲得しつつある、という変化に対する、環境適応の真っ最中なのかもしれません。こうした視点を持ちながら、分析的に、しかしポジティブにネットを見つめる、山口先生の今後の研究が、注目されます。
山口真一(ヤマグチ シンイチ)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授/主任研究員。1986年生まれ。2015年慶應義塾大学で博士号(経済学)を取得し、国際大学助教などを経て、2020年より現職。東京大学客員連携研究員、日本リスクコミュニケーション協会理事なども務める。
クロサカタツヤ
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや政策立案のプロジェクトに従事。07年に独立、情報通信分野のコンサルティングを多く手掛ける。また16年より慶應義塾大学大学院特任准教授(ICT政策)を兼任。政府委員等を多数歴任。
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